日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

電気を売る

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター講師 平山雄大

「雷龍の国」ブータンで、1986年、国内初の大規模水力発電所(チュカ水力発電所)が稼働しはじめました。現在、隣国インドへの売電はブータンにとって欠かすことのできない重要な外貨獲得手段となっていて、政府はさらなる水力発電所の建設を通してその力を強化しようとしています。

ブータンの大規模水力発電所は、流れ込み式(自流式)、つまり河川の水をそのまま発電所に引き込んで発電する方法を多く採用しています。建設コストは抑えられ環境への負荷も比較的少ないようですが、水をためておくことができないため、発電量は季節によってかなり上下します。水量の少ない乾季(特に冬)は国内の需要に発電量が追い付かず、逆にインドから電気を購入している……という話も(この問題の背景には、急速に地方まで電化したことや近年の生活スタイルの変化から、国内の電気使用量が激増していることも影響していそうです)。

河川の水を発電所に引き込む取水口

建設が進むプナツァンチュ水力発電所

2019年8月、WAVOC提供GEC設置科目「ブータンから学ぶ国家開発と異文化理解」のブータン実習中、履修生の研究課題を深めるためにワンデュ・ポダン県で建設中のプナツァンチュ水力発電所を訪れました。トンネルを抜けた先には巨大な地下空間が広がっていて、細かな説明を受けながら要所要所を回らせていただきましたが、何もかもが大規模で頭クラクラ…。

建設にはインドのODAが投入されており、建設現場は共通語=ヒンディー語でもう完全にインド社会。つまり、そこで働いているのはほとんどがインド人技術者・労働者です。2017年に実施された最新の国勢調査によると、調査日に滞在していた外国人旅行者8,408人を除いたブータンの総人口は72万7,145人で、うち国籍未保有者は4万5,425人※1。国籍未保有者の多くはブータン国内で働いているインド人とされ、そのうちのかなりの数が各地の水力発電プロジェクトの関係者です。
 

山の中に切り拓かれた巨大空間を奥へと進む

建設現場の注意書きも、ヒンディー語が目立つ

工事の安全を祈願するヒンドゥー教の祠

地盤の問題等がありプナツァンチュ水力発電所の建設スケジュールは当初の予定からかなりずれ込み、さらに今は新型コロナウイルスの影響も強く受け、労働者の帰国問題、さらに不足するマンパワーを補うための現地雇用(ブータン人)の話等が錯綜しています。

まだ少し先になりそうですが、完成・稼働の暁には、ⅠとⅡの2つに分かれているサイトのそれぞれがブータン最大規模の発電量を誇るものになります。建設費用の40%は無償資金協力、60%は有償資金協力で賄われており、稼動後に発電した余剰電力はすべてインドに輸出されるとの由。

水を発電機まで運ぶ巨大な鉄管

発電機(タービン)も大きい!

熱心に説明を聞く早大生たち

歴史をたどると、ブータンの初代国王ウゲン・ワンチュク(Ugyen Wangchuck、在位1907~1926年)は、近代化以前の当時すでに水力発電による国家開発を考えていたようです。今から約100年前の1921年9月に英領インド総督ルーファス・アイザックス(Rufus Isaacs)に送った書状の中で、ブータンの河川には「国の発展とインドの産業のために利用できる無限の力があり、この力を利用できる人材を確保することが両国にとって第一に重要である」※2と指摘し、水力発電に関する知識習得の必要性を訴えています。

水力発電からブータンを見てみると、また新たな発見がたくさんありそうです。

※1 National Statistical Bureau (NSB), Royal Government of Bhutan (2018) 2017 Population & Housing Census of Bhutan: National Report, Thimphu: NSB, pp.18-20.

※2 Ugyen Wangchuck (1921) (“Letter to the Viceroy of India”), dated Pumthang, Bhutan, the 5th September 1921, p.3.

WAVOCブータンコラム「平山雄大のブータンつれづれ(第54回)」より転載。
https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2020/09/11/5618/