日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

WAVOC主催ブータンスタディツアーを振り返る

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター講師 平山雄大

ブータンに関わり始めてから10年ほどが経った。その間ブータンの政治体制は大きく変わり、社会は日々変化し続けている。当然ながら変わらないものも多いが、自動車で行ける場所は増え、様相ががらりと変わった町もある。かつては「秘境」と呼ばれたこの国は、良くも悪くも情報化やグローバリゼーションの影響を強く受けるようになり、新たな社会課題が顕在化してきている。一方で、基盤にある文化的・宗教的アイデンティティは、そこに暮らす人々の物事の捉えかた、そして生きかたに確かな影響を与え続けている。ブータンの「今」から我々が学べることは結構ありそうだ。(※1)

そんな想いをもとにスタディツアーを企画し、9名の参加学生とともにブータンを訪れたのは2017年3月のこと。テーマに掲げたのは「教育」で、ブータンにおける都市部と農村部の教育・生活状況の比較、学校訪問、生徒や教員との交流、農家でのホームステイ等を通して、相互に学び合い、異文化理解・相互発展を促進させることを目指しました。

ブータンスタディツアー参加学生

訪問した県

WAVOCが主催し協力機関として日本ブータン研究所が名を連ねたこのスタディツアーは、海外実習科目「ブータンから学ぶ国家開発と異文化理解」のブータン実習(履修生各自の研究課題にしたがって実習内容を決めていく)やワボプロ「海士ブータンプロジェクト」のブータン渡航(メンバーが主体となって調査や企画を行う)と大きく違い、最初から私が全行程の内容・スケジュールを組み立てて実施するもので、早稲田大学では初となるブータンに着目したスタディツアーでした。

オリエンテーションを兼ねた全3回の事前学習(2017年1月14日、2月4日、2月25日)でブータンの概要、近代学校教育史、国家開発政策の変遷等ついて学び、事前学習実施日に合わせて開催した第62回・第63回・第66回ブータン勉強会(※2)を通して現在のブータンを巡る諸相への理解も深め、いざ出発!!

スタディツアーの日程は3月4日から13日までの10日間(ブータン滞在7泊8日)。機内預け荷物がブータンに届かず着の身着のままでの滞在スタートというハプニングにめげずに(荷物は翌日届きました)、ティンプーで公立高校と私立小学校を訪問し、プナカでツェチュ(お祭り)を見学した後、ガサを目指しました。

モティタン高校(公立高校)の朝礼風景

モティタン高校の生徒たち

アーリーラーニングセンター(私立小学校)での交流

アーリーラーニングセンターの生徒たち

第67回ブータン勉強会@ティンプー(※3)

中国(チベット自治区)と国境を接する場所に位置するガサ県は、21世紀になるまで県庁所在地に車で行くことができなかった=自動車道路が通っていなかった唯一の県で、ブータンの中でも僻地と言って良さそうなところです。県庁所在地までなら今はプナカ県から車で3時間ほどで行くことができますが、ラヤッパと呼ばれる遊牧民が多く生活する地域はそこから徒歩で約1日~数日。ガサ温泉(※4)が有名で、特に冬は親子や親戚一同で訪れ何日も滞在する人が多く、湯船は芋の子を洗うような状態になります。とある日の午後、スタディツアー参加学生もワン・オブ・芋の子になりました。

魅惑のガサ温泉

※参加学生の感想・気づき(ガサ温泉編)(抜粋)

  • 芋洗い状態と衛生面でいかがなものか?と躊躇したが、何事も体験あるのみ、といざ入浴するとなかなか楽しい経験ができた。初めは何者?というブータン人の好奇の眼差しが痛いほどだったが、こちらが話しかければ必ず何人かは返事をしてくれる。話し始めると、好奇心旺盛なブータン人はあれこれと聞いてくるし、こちらが質問すれば必ず応えてくれる。さすが!裸の付き合いは万国共通だ。話をすると、近所からフラリと温泉に浸かりに来た人だけでなく、さまざまな地域からこの温泉に湯治に来ていた。
  • 日本では温泉に入る目的として、美容や健康はもちろんのこと、他にも「安らぎ」や「癒し」があると思うが、ブータンにはその要素がなかった気がする。あれだけの人数がいても温泉として人気があることに、ブータン人と日本人の価値観の差や性格の違いも感じた。

ガサでは、私の知り合いの大きな農家に皆で転がり込ませていただきました。標高3,000メートルのガサの冬はさすがに寒く体調を崩す参加学生もいましたが、ブカリ(薪ストーブ)の周りでネコとともに丸くなって暖を取り、アパ(お父さん)とアマ(お母さん)の心の温かさにも触れながら、3日に渡って非常に楽しくまた強烈な時間を過ごさせていただきました。(ホームステイはこの後パロでも行いましたが、大雪が降り停電が続く中、こちらのホストファミリーにも大変お世話になりました。)

ガサでのホームステイ先の農家。左上に見えるのはガサ・ゾン

リビングの真ん中には、ブータンの冬の代名詞ブカリ

※参加学生の感想・気づき(ホームステイ編)(抜粋)

  • 子どもを、家族や親戚が一緒に、または社会全体で育てるという意識が高い。(中略)そのような考えは、ガサのお宅でも見受けられた。通学のために親戚の子どもを2人預かり、自分の子どもと同じように養っている。戦後間もなくの日本の田舎でも多く見られた光景だ。同じ釜の飯を食べることは、心の繋がりを強くする。助けられた子どもは、自分が得たものをどこかで返していくに違いない。このような関係はブータンでは珍しくないようだ。多くの人に支えられ、受けた恩をまた自分も与えていく連鎖を考えると、ブータンは大きな家族の国であると言えるだろう。ホームステイによって過ごした時間を思い出すたびに、自分もブータンの家族になれたような気がする。
  • 円になって食卓を囲むという家族団欒の様子を見て、羨ましく思えた。自分ひとりの時間を持てることが至福だと思っていた自分に気づき、違和感を持った。仏間で寝させていただいたが、着替えていたり寝ていても構わず仏間に入り祈りを行うアパを見て、ある意味仏教に対する信仰の深さを知った。
  • お世話になった2つのホストファミリーの子どもがとても印象的でした。初対面なので照れた子もいましたが、コミュニケーションしたい、一緒に遊びたい気持ちが抑えられなかったです。例えば、3年生の子は、限りがある英語を一生懸命使いながら、自分の親戚の名前や学校で勉強していることを教えてくれました。何か伝えようとする気持ちをブータンですごく感じました。

ガサ小学校は「ザ・田舎の学校」という感じで、昔ながらの平屋の校舎とほっぺが真っ赤な素朴すぎる子どもたちのコラボは、やはりティンプーの町中の学校とは(特に私立学校とは)一味も二味も違います。そうかと思えば、IT好きの校長先生が監視カメラを導入してそれをスマホで操作していたり、WIFI環境を整備していたりとハイテクな一面も。聞けば、インターネットを駆使して他国の学校と交流する取り組み等も行っているとのこと。変わりゆくブータンをこんなところからも垣間見ることができます。

ガサ小学校の朝礼で挨拶をする参加学生たち

ガサ小学校の生徒たち

クラスPP(Pre-Primary)の授業風景。入学したばかりで、皆まだ制服を持っていない

ECCDセンター(幼稚園)での交流

お世話になったガサ小学校の先生がた

※参加学生の感想・気づき(学校訪問編)(抜粋)

  • 毎朝、代表の生徒がベルを鳴らしたり、全校生徒の前に出て号令をかけたり、自分の話したいことをまとめプレゼンすることは、とても良い経験になる。自分の考えをきちんと整理して大勢の前で話すことは、生徒にとって非常に有意義だ。私たちの訪問の際には、多くの子どもたちが、自分のことや学校について知ってほしいとアピールし、私たちに対しては、積極的に質問をしてくれた。何事にも興味津々で、活き活きとし、さまざまなことに柔軟に対応できる子どもたちが多かった。
  • 朝礼でお経を唱えたり、国歌を歌ったりすることには驚いた。また、教師、特に校長と生徒の距離が近いように感じられた。
  • アーリーラーニングセンターでの学校紹介プレゼンに出てきた“Design For Change (feel, imagine, do, share) ”は、自分がボランティアの軸にしていたワードと同じなだけに感動した。日本の座学では教わらないような教育、つまり視野を広げ教養や知識を得るといった経験が学校教育の方針として定められていることに、教育の発展性を感じた。

3日間のガサ滞在を終えて、最後の滞在先パロへ。そうしたらパロ到着後から「数年ぶりの大雪」が降りはじめ、残りのスケジュールは変更を余儀なくされました。おまけに停電も続き、またもブカリの周りでネコとともに丸くなる一同。しかしパロまでたどり着けて本当に良かったです。ガサから戻るのが1日でも遅れていたら、その後1週間ガサに閉じ込められてしまっていたので……。大雪の影響で帰国便も大幅に遅延し、タイのバンコクで乗継予定の飛行機に乗れない~という最後の試練もありましたが、参加学生の理解や旅行会社・航空会社のサポートのもと、無事に帰国することができました。

2020年2月24日から3月2日にかけて、「教育」をテーマに掲げる第2回ブータンスタディツアーが実施されます。

大雪後のパロ

※1 櫛部紗永・三井新編/平山雄大監修(2017)『早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)主催「第1回ブータンスタディツアー」報告書』WAVOC、2頁。
※2 http://www.bhutanstudies.net/workshop/62nd/
http://www.bhutanstudies.net/workshop/63rd/
http://www.bhutanstudies.net/workshop/66th/
※3 http://www.bhutanstudies.net/workshop/67th/
※4 助教平山のブータンつれづれ(第4回)「ブータンよいとこ 一度はおいで(ア ドッコイショ)」
https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2017/02/27/2439/

WAVOCブータンコラム「平山雄大のブータンつれづれ(第46回)」より転載。
https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2020/01/28/5187/