日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS
エマダチのトモダチはケワダチ
早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター講師 平山雄大
ブータンを代表する料理として常に最初に挙げられる「エマダツィ」(エマダチ)。「エマ」は唐辛子で「ダツィ」はチーズなので、直訳すると「唐辛子チーズ」。つまり唐辛子のチーズ煮込み料理。1日3食ごはんのお供にエマダツィ~という人も少なくない、ザ・国民食です。
この国では唐辛子は香辛料ではなく野菜という位置づけで、ブータンの皆さんの唐辛子消費量はハンパないです。中南米が原産地である唐辛子が世界に広まり出したのは大航海時代が到来した15世紀以降とされ、「南蛮辛子」「南蛮胡椒」「高麗胡椒」「番椒」等の呼び名で日本に伝来したのも16世紀のこと。ブータンに唐辛子が伝わったのがいつごろなのか定かではありませんが、現在は「ブータンで最も愛されている野菜」もしくは「ブータンで最も消費されている野菜」と言って間違いないでしょう。ブータンでは犬も唐辛子を食べます。懐に生唐辛子を忍ばせて登校し、授業中に教師の目を盗んでペロペロしている子どももいます(笑)。
2016年7月、インド産の唐辛子から基準以上の農薬が検出され唐辛子の輸入が全面的に禁止されるということがありました。そのときは国内では唐辛子が枯渇し、国産の唐辛子の値段が跳ね上がり「米騒動」ならぬ「チリ騒動」の様相を呈しましたが、それほどまでにブータンの皆さんの日常生活に唐辛子はなくてはならない存在です。
オフシーズン(冬)の主役は乾燥唐辛子。秋にはブータンの民家・寺院etc.の屋根という屋根に唐辛子が干され、一面真っ赤に染まった屋根は秋の風物詩になっています。
さて、エマダツィは唐辛子をチーズで煮込み塩で味付けをしただけのシンプルな料理ですが、各家庭・各食堂で味は結構違います。ふたつとして同じエマダツィはありません。使う唐辛子はインドのものかブータンのものか、生唐辛子か乾燥唐辛子か、使うチーズはインドのものかブータンのものか、カッテージチーズのようなフレッシュタイプのチーズなのかプロセスタイプのチーズなのか…。さらにそれぞれの質も千差万別。ときにはヤクのチーズを使うことも(これは高級品)!
WAVOC提供GEC設置科目「ブータンから学ぶ国家開発と異文化理解」の履修生や早稲田ボランティアプロジェクト「海士ブータンプロジェクト」(あまたん)のメンバーは、ブータン滞在中ヒーヒー言いながらエマダツィを食べ、辛すぎて無理!と一様に叫びつつも、滞在後半にもなるとエマダツィがないと物足りない体になっている(?)から不思議です。
辛いものが苦手な学生は、じゃがいものチーズ煮込み「ケワダツィ」(ケワダチ)に逃避しています。ケワダツィは学生が「美味しかったものランキング」を作ると毎回必ずベスト3(というかベスト1)に入ってくる猛者ですが、ケワダツィの中にも、じゃがいもとじゃがいもの隙間にこっそりエマ(唐辛子)が潜んでいることがあるので要注意。エマは基本形で、他に「+α」で何かが加わった場合、エマが入っていたとしても名称はケワダツィ(じゃがいも+チーズ)、ナケダツィ(ぜんまい+チーズ)、メトコピダツィ(カリフラワー+チーズ)、ドロムダチィ(なす+チーズ)等となる次第。
きのこのチーズ煮込み「シャモダツィ」も忘れてはいけません。ブータンきのこ界の絶対王者は「シシシャモ」と呼ばれるアンズタケですが、これを使ってシャモダツィを作ると非常に美味。チーズに合うからこそ、シシシャモは他のきのこよりも愛されているのではないでしょうか。ちなみにブータンでもたくさん採れるマツタケこと「サンゲシャモ」は、シャモダツィにしても全然美味しくありません。要注意!
唐辛子は天ぷらにしても食べます。衣にひよこ豆の粉を使用してさくっと揚げるスナックで、通称「チリチョップ」。道端で買い食いされたり、ビールのつまみにされたり…とブータン全土で活躍しています。このチリチョップ、何だか普通に生のままで食べるより辛くないような気がしますが、気のせいでしょうか。
ブータンの唐辛子文化もチーズをはじめとした乳製品文化も、日本同様に奥が深いです。料理に関してはまた随時取り上げていきたいと思います。
WAVOCブータンコラム「平山雄大のブータンつれづれ(第35回)」より転載。
https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2019/05/22/4650/