日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

国境の町のこと―サムドゥプ・ジョンカル編―

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター講師 平山雄大

2018年8月、ミャンマー北部ザガイン地域のタム=インド東部マニプール州のモレ間/ミャンマー西部チン州のリカワダル=インド東部ミゾラム州のゾカワタル間双方の国境がオープンし、ミャンマーとインドの陸路移動が可能になりました。ユーラシア大陸横断に新たなルート(幻の猿岩石ルート)がまたひとつ生まれたわけですが、これは同時に、東南アジア側から陸路でブータンを目指すことができるようになったことを指します。

ミャンマーからブータンへ陸路移動するときのルート例

モレから自動車道路で約700キロ、インドのインパール(マニプール州の州都)とグワハティ(アッサム州の州都)を経由してブラマプトラ川を越えた先に、ブータンのサムドゥプ・ジョンカルという町があります。グワハティからだと車で約2時間、ほぼ一直線の綺麗に舗装された道路を北に進むと、趣のある国境ゲートが姿を現します。

グワハティからサムドゥプ・ジョンカルに向かう道

アッサムといえばアッサムティー。道の両面に広がる茶畑

サムドゥプ・ジョンカルの国境ゲート

サムドゥプ・ジョンカルはインドに向かって開かれたブータンの南の入口のひとつで、1960年代にアッサム州からブータン東部の町タシガンまで抜ける自動車道路が開通して以降、「物流の拠点」として発展してきた東の要所です。周辺は、季節移動を行ってきたブータンの人々の冬の滞在地として昔から活用されていたり、1864~1865年のドゥアール戦争(イギリスとブータンの戦争)の主戦場となったり…と、歴史的にも非常に興味深い場所です。

この町はプンツォリンをはじめとした他の国境の町同様インドっぽい要素が強く、どこかインドの田舎町のような素朴な雰囲気が漂っています。市場に並ぶバナナやパイナップルが標高の低さを感じさせます。道端で(アッサム州に多く居住する)ボド族とすれ違うことも。最近はピザ屋が開店したり、中心部に巨大なマニ車が設置されたり、公園が整備されたり…と徐々に町がオシャレになってきています。少し内陸に行った先のデワタンには王立ブータン大学ジグメ・ナムゲル工科カレッジ(Jigme Namgyel Engineering College, Royal University of Bhutan)があり、889人(男子599人、女子290人)の学生が在籍しています※1。

この夏、海士にある島根県立隠岐島前高等学校のグローバル探究と早稲田ボランティアプロジェクト「海士ブータンプロジェクト」(あまたん)のブータン渡航では、インドから出入国する際にサムドゥプ・ジョンカルに泊まり、ブータンの多様性・インドとの関係性を体感しました。

異国情緒漂うサムドゥプ・ジョンカルの町

ブータン東部の各地へと続く国道

市内のサンドぺルリ・ラカン(寺院)

公園で子どもたちと遊ぶ島前高校の生徒たち

雑貨屋でおみやげを買うあまたんのメンバー

国境ゲートを越えたインド側には、ブータン人向けの織物、仏具、日用品等を多く取り揃えているメラ・バザールという市場(そして商店街)があり、買い物客で賑わっています。週末には、王立ブータン大学ジグメ・ナムゲル工科カレッジの学生や同大学シェラブツェ・カレッジ(Sherubtse College, Royal University of Bhutan)の学生が国境を越えて買い出しに来ていたりもします。特にボド族によって織られた野生絹(ブラ)の織物は高品質で、それを目当てにメラ・バザールを訪れる人も多いです。

メラ・バザールで売られているブータン人向けの織物

インド側の町を散策するあまたんメンバー

※1 Policy and Planning Division, Ministry of Education (MoE) (2018) Annual Education Statistics, 2018, Thimphu: MoE, p.22.

WAVOCブータンコラム「平山雄大のブータンつれづれ(第26回)」より転載。
https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2018/12/27/3997/