日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

コロナ禍のブータン(2020年)

平山 雄大
(お茶の水女子大学グローバル協力センター講師)

ブータンでは、2020年3月5日の夜に、初めてコロナ陽性者が確認されました。発症したのは76歳のアメリカ人旅行者で、翌6日には、彼が旅行中に訪れたティンプー、パロ、プナカ県の学校・役所の閉鎖、外国人観光客の受入停止などが通達されました。街中では消毒液が配布され、薬屋にはマスクなどを求める人が殺到しました。

そして同月16日以降、事態は一気に動きます。まず、ブータンに入国する際、つまり主に留学生など海外にいたブータン人が帰国した際は14日間の隔離が義務付けられました(これはすぐに21日間に延長されました)。また、学校閉鎖は3つの県から全国20県に拡大し、テレビ放送などを使ったE-learningプログラムがはじまりました。

コロナ前、国境の町プンツォリンと接するインド側の町ジャイガオンには多くのブータン人が住んでいて、毎日国境を越えてブータン側に通勤・通学していました。「ジャイガオンのほうが安くアパートを借りられる」というのがその主な理由で、そういうブータン人は実に6,000人近くいたようです。彼らをブータン側に避難させる計画が出されて間もなく、23日には陸路国境閉鎖の措置が取られました。避難した人たちの多くは住むところがありませんので、軍を総動員して1,000世帯分の仮設住宅をプンツォリン郊外に建設することになり、急ピッチで作業が進められました。

最新の国勢調査の結果によると、「国境エリアで働いているデイワーカー」、つまりインド人の日雇い労働者が1万人以上います。彼らの多くは毎日国境を越えてブータン側に働きに来ていましたが、国境閉鎖にともないこの往来もなくなりました。また、25日にはヨーロッパ帰りの留学生から陽性反応が出て、それがブータン人初の感染事例となりました。

ブータンには、「デスン」という、国に奉仕するボランティア組織があります。第5代国王の発案で作られたもので、それに参加している人たちは「デスップ」と呼ばれています。これは自警団のような組織で、非常時や人手が必要なときにオレンジユニフォームを着て出動します。コロナ前にすでに1万人以上がデスップとして登録済で、そのうちの一部は消毒液配布や国境警備で活躍していましたが、コロナ禍の中で志願者が増えて追加トレーニングがはじまりました(このデスンは後に職業訓練を兼ねた一大プロジェクトに発展し、失業対策ともリンクした活動となっています)。

5月には、中東からの帰国者から感染者がたくさんではじめました。中東には当時7,000人以上のブータン人が出稼ぎに行っており、この時期、帰国希望者を乗せるためのDrukairのチャーター便は、中東各国に多く飛んでいました。また、ジャイガオンからプンツォリンに避難した人たち向けの仮設住宅が完成し、入居がはじまりました。

観光客の受入停止に伴って、ガイドさんをはじめとした観光業の皆さんは収入がなくなってしまいました。他にも経済的に苦しい状況に陥る人は多く、そういう人たちを対象に、救援キドゥ(毎月一定額の給付金配布)がはじまりました。

この表は、2020年4月から6月までに3万2,088人がこの救済キドゥに申請したということを示すものです。職業別に見るとそのうちの3分の1が観光業関係者で、輸送業、小売業、レストラン・食品サービス業……と続いています(ちなみに、救済キドゥにはおおまかな所得審査のようなものがあって、申請者のうちの7割強が受給できたようです)。

そして8月11日早朝、中東からの帰国者が隔離後、パロ、ティンプーと移動しゲレフに帰ったところで発症したという速報を受けて、非常事態宣言が出されました。全国一律でロックダウン(外出禁止・移動禁止)となり、このロックダウンはその後3週間続きました。ロックダウン中は、食品配達サービスや医療サービス補助、またエサがなくなってかわいそうな野良犬たちへのエサあげサービスなど、デスップの皆さんが活躍しました。また、ロックダウン後からプンツォリンでの感染が増えはじめ、特にプンツォリンには厳重な警戒体制・検疫体制が敷かれました。

 9月に入って、多くの地域ではロックダウンが解除されました。プンツォリンは引き続き厳重な体制が続き、そこでの対面授業の再開はもう無理だと判断した政府は、「内地」であるプナカ県とワンデュポダン県の各学校に9年生(中学3年生くらい)以上の生徒と教員を集団疎開させ、9月中旬より対面授業を再開させました。

新聞記事によると、「10月にブータンに入国した外国人(主にインド人)の約8%が陽性だった」とのことで、インドとの関係性の中で何かと難しい点もあったようですが、「水際の取り組みをより徹底すべし」との認識が示されています。11月には、コロナ禍の中での逮捕が続きました。逮捕理由は「タバコの密輸」、「インド人と結婚している妹をアッサム州に訪ねた後、こっそりブータンに入国しようとした」、「隔離用のホテルからの脱走」などで、それ以降も多くの報道が出ていました。この表は、当時毎日更新されていたブータン国内の累計陽性患者数や回復者数の一覧(12月12日発表のもの)です。当時、まだコロナ死者数は0名でした。

2018年からの首相は医師で、大臣の中にも医師(外務大臣)、公衆衛生の専門家(保健大臣)がいます。彼らが主導したブータンのコロナ対応は、他国からも評価されたものでした。

※ヤクランド『ヤクランド通信』第114号、8-9頁より転載。