日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

ジェンダーを巡る諸相

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター講師 平山雄大

「良い村は女が元気だと聞いています」byアシタカ(『もののけ姫』より)。

一般的に、ブータンの女性は強く逞しく、「家でだんなさんが奥さんの尻に敷かれている率」は限りなく100%に近いと言われています。

今から250年近く前の1774~1775年にブータンを訪問したイギリス人ジョージ・ボーグルが出会ったブータンの女性たちも、一様に明朗快活な人たちだったようです。ボーグルは報告書の中で、彼女たちが強い酒を飲むこと、性に奔放であること、夫の死によって悲惨な思いをすることなく再婚も自由であること…等を指摘し、本国やインドとの状況の違いに驚いています。

1958年にブータン国内で調査を行った植物学者の中尾佐助は、著書『秘境ブータン』の中で、「私の前に少しも恥ずかしがらずに出てきて、どんどん話をする」、「もし英語がかたことでも話せる女は、愛嬌たっぷりにその英語を使う」、「仕事の話も男より女と相談したほうが確かな時が多い」、「頼みごとや約束でもたいてい女のほうが信頼がおける」と、物怖じせず、頼りになる強い女性像を紹介しています。そして、彼女らへの信頼は女性の地位の高さを示すものだと考察しています。

その要因のひとつに、主に中部・西部に根づく母系制社会の慣習が挙げられるかもしれません。土地や家屋といった財産を女性が相続するため、妻には財力や発言力があり、婿入りの夫は必然的に立場が弱い…というわけです。

この4月から日本で公開されるブータン映画『ブータン 山の教室』※1には、物語の舞台であるガサ県ルナナ郡の村の奥さんが、断りなくお客さんを家に連れて来ただんなさんを「ツァーゲ!」(バッカヤロー!)と罵倒するシーンが出てきます。このシーンを見たとき、私は冒頭のアシタカの言葉を思い出しました(笑)。

女性の存在が目立つブータンの家
女性が相続する広大な土地

建設にはインドのODAが投入されており、建設現場は共通語=ヒンディー語でもう完全にインド社会。つまり、そこで働いているのはほとんどがインド人技術者・労働者です。2017年に実施された最新の国勢調査によると、調査日に滞在していた外国人旅行者8,408人を除いたブータンの総人口は72万7,145人で、うち国籍未保有者は4万5,425人※1。国籍未保有者の多くはブータン国内で働いているインド人とされ、そのうちのかなりの数が各地の水力発電プロジェクトの関係者です。

男たちを置いてプナカに下りて来た、ルナナの女性たち

世界経済フォーラム(World Economic Forum: WEF)が公表しているジェンダー・ギャップ指数(Gender Gap Index: GGI)は153ヵ国中131位と低いブータンですが※2、近年は女性の社会進出にも注目が集まっています。

以前、『YEEWONG』※3が社会で活躍する女性50人に焦点を当てた特集を掲載したことがありましたが、その特集は職業選択の幅が広くなっていることを端的に示すものでした。確かに今、(都市に限らず地方でも)女子生徒に将来何になりたいかを聞くと、「お医者さん!」や「学校の先生!」に加え、歌手、キャビン・アテンダント、パイロット、デザイナー、サッカー選手等ハイカラなものも多く出てきます。起業する人も増えていて、2018年12月、『YEEWONG』は起業家50人に焦点を当てた特集も組みました。

ちなみに現在、農業従事者(Agricultural Farming)の52.9%、民間ビジネス従事者(Private Businesses)の42.9%、NPO職員(NGO/INGO/ISO)の42.2%、公務員(Civil Service)の34.6%、民間企業で働く人(Private Companies)の30.2%、軍関係者(Armed Forces)の5.6%が女性です※4。女性の割合が多い職業のひとつは教員で、若い女性校長が采配を振る学校もよく見かけます。最新の教育統計によると中学校・高校教員の42.7%、小学校教員の41.3%は女性で、私立小学校の教員に限定するとそのうちの69.3%が女性となっています※5。

女性の社会進出が叫ばれる以前から、そもそも機織りができる女性は男性の何倍・何十倍も稼いでいた…という話もあります。他にも一夫多妻及び一妻多夫の文化の存在、離婚率の高さと再婚率の高さ、チベット仏教の中の尼僧…といったトピックもあり、女性やジェンダーを巡る話題は尽きることがありません。

学校の先生がた
緻密な作業を要する機織り

※1 原題『Lunana: A Yak in the Classroom』。https://bhutanclassroom.com/

※2 World Economic Forum (WEF) (2019) Global Gender Gap Report 2020, Geneva: WEF, p.95.

※3 「ブータン唯一の女性・ライフスタイルマガジン」を標榜するおしゃれ雑誌。https://yeewongmagazine.com/

※4 National Statistics Bureau (NSB), Royal Government of Bhutan (2018) Labour Force Survey Report Bhutan 2018, Thimphu: NSB, pp.49-50.

※5 Policy and Planning Division, Ministry of Education (MoE) (2020) Annual Education Statistics, 2020., Thimphu: MoE, p.3.

WAVOCブータンコラム「平山雄大のブータンつれづれ(第58回)」より転載。
https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2021/02/24/5924/