日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

新政権がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター講師 平山雄大

2018年10月18日、ブータンで第3回国民議会(National Assembly、下院)選挙が行われました。1ヵ月前の予備選挙で与党PDP(People’s Democratic Party、人民民主党)を破った2つの野党、DNT(Druk Nyamrup Tshogpa、ブータン協同党)とDPT(Druk Phuensum Tshogpa、ブータン調和党)が本選で全47議席を争い、DNTが30議席を獲得し勝利。同党が初の政権となり、党首の元医師ドクター・ロテ・ツェリン(Dr. Lotay Tshering)が次期首相となる見込みです。


第3回国民議会選挙の結果。※1

DNT党首のドクター・ロテ・ツェリン。※2

今回の選挙で与党になったDNTと野党になったDPTの議席数には差が出ましたが、得票率はDNTが54%、DPTが46%と実際は大変な接戦だったようです。選ばれた47人の年齢構成は20代1人、30代14人、40代17人、50代13人、60代2人(ちなみにブータンの議員は定年制で、65歳を過ぎると出馬できません)で、うち女性は7人。

DNTは「ギャップを狭める(Narrowing the Gap)」というスローガンのもと、ブータンでも非常に大きなトピックとなっている都市と農村の格差是正を核に据えた医療改革(地方の医療サービスの充実等)・教育改革(廃校になった地域の学校の再開等)・雇用創出等を掲げ、首都ティンプーを含む西部・南部を中心に支持を得ました。

選挙の結果を伝えるKuensel Onlineの記事。※3

選挙後の動きを伝えるBBS(Bhutan Broadcasting Service)の記事。※4

ブータンの民主化は他の多くの国のように王制や独裁政権を打倒して成されたものではなく、国を統治していた国王からの発案で実行されたものなので、その成り立ちは「少々奇妙」と言えます。

簡単に振り返ると、ジグメ・シンゲ・ワンチュク第4代国王(在位1972~2006年)が内閣議長を退任して行政権を手放し(1998年)、初の成文憲法の制定を命じ(2001年)、2005年に「国王65歳定年制」や「国会の議決と国民投票による国王の解任」等の条項を盛り込んだ憲法草案が作られました。そして国王は、同年12月17日にタシヤンツェ県で行った建国記念日の演説で、以下に抜粋した通り2008年に選挙を実施することを宣言し、同時に自身の退位を表明しました※5。

地方分権化と国民への権力移譲をはじめて26年が経ち、私は、良い統治を提供でき国家に利益を供給できる最良の政党を国民が選ぶことに全幅の信頼を寄せている。国民には、議会制民主主義制のもとで政府を選出する最初の国政選挙が2008年に実施されるであろうことを知ってもらいたい。
私はまた、国民に、トンサ・ペンロップ(Chhoetse Penlop)※6が2008年に第5代国王(Fifth Druk Gyalpo)として即位するであろうことを知ってもらいたい。国王が最大限の能力をもって国に仕えるためには、できうる限り多くの経験を積むことが必要かつ重要なので、私は、2008年より以前にトンサ・ペンロップに私の責任を委譲する。ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクの統治の間に、栄えあるブータン人が力強く栄誉に満ち続け、国民に輝く平和と幸福の太陽のもとで我が国が大いなる繁栄を達成し、すべての国家目標、国民の希望及び願望が満たされ、ブータン人が最高レベルの満足と幸福を享受することが私の望みであり、祈願である。

当時、国民の多くは民主化をせずそのまま王制が続くことを望んだようですが、国王は「生まれによって王が一国の最高責任者となり、国政を司る王制は最上の制度とは言えない。国は、国民の手によって治められるべきである」とその希望を跳ね除け、改革を断行した…と聞き及んでいます。

このような大きな流れの中で、2008年に第1回国民議会選挙が行われDPT政権が誕生。2013年の第2回国民議会選挙ではPDPが、そして今回はDNTが政権を取りました。民主化して10年、「毎回の政権交代は、新しいものが好きなブータン人気質ゆえ?」、「5年ごとに何かしらの成果を出さなければいけなくなったため、開発スピードが加速しすぎているのでは?」、「選挙が、地域社会や家族の対立・分裂要因のひとつになっている?」等、内外からいろいろなことが言われています。何はともあれ、100ページ(!)にも及ぶDNTのマニフェスト※7を改めて確認しつつ、その頑張りに期待しましょう。

DNTのシンボル、「カムシン・メト」こと桃の花。※8

※1 http://www.kuenselonline.com/NAResults/general.php
※2 http://www.druknyamrup.info/know-your-nyamrups/
※3 http://www.kuenselonline.com/druk-nyamrup-tshogpa-won-54-percent-of-the-total-votes/
※4 http://www.bbs.bt/news/?p=105665
※5 Bhutan Times (ed.) (2007) Immortal Lines: Speeches of the 4th Druk Gyalpo Jigme Singye Wangchuck, Thimphu: Bhutan Times, pp.187-189.
※6 地方長官のようなもので、初代国王ウゲン・ワンチュクが国王となる前に就任していた。現在は王位継承者のための名誉職となっており、2005年当時は皇太子ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクが就いていた。
※7 http://www.druknyamrup.info/manifestos/
※8 http://www.druknyamrup.info/the-party/dnt-symbol/

WAVOCブータンコラム「平山雄大のブータンつれづれ(第20回)」より転載。
https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2018/10/25/3795/