日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

第5回日本ブータン研究会を開催

日本ブータン研究所 須藤 伸

5月31日(日)、早稲田大学にて「第5回日本ブータン研究会」が開催された。この研究会は、ブータンをフィールドにしている研究者や大学院生が日頃の研究の成果を披露し、意見交換を行う場として、日本ブータン研究所が毎年開催している。私と平山雄大(共に日本ブータン友好協会会員)が中心になって企画しており、今年で5回目を迎えた。

今年も分野の異なる3人の研究者に発表いただき、ブータンを捉える視点も多様で内容の濃い研究会となった。研究会当日は約40名の方にご参加いただき、活発な質疑応答が行われた。

発表タイトルと発表者は以下の通りである。

発表① 「ブータン農村部におけるフード・セキュリティ―土地所有の状況に着目して―」
上田 晶子(名古屋大学大学院国際開発研究科准教授)

発表② 「ブータン王国における高齢者の健康」
坂本 龍太(京都大学白眉センター助教)

発表③ 「ブータンにおける古街道の実態の包括的解明」
高橋 洋(日本ブータン研究所研究員)

それぞれの発表を簡単に紹介する。

上田先生による「ブータン農村部におけるフード・セキュリティ―土地所有の状況に着目して―」では、ワンデュ・ポダン県のアタン及びロポカという村を対象にブータン農業省と共に実施したフィールドワークの結果とその分析が紹介された。調査方法は上記対象地域における裕福な世帯、一般的な世帯、貧困世帯をそれぞれ複数抽出し、ヒアリングを行うもの。調査は各家庭におけるフード・セキュリティ(食料確保)に焦点を当て、特に土地所有や労働力、食料が不足する期間等に関して聞き取りが行われた。ヒアリングの結果、裕福な世帯では調査対象としたすべての家庭で田畑を自己所有しており、耕作地を他者に貸している家庭も多いことがわかった。一般的な世帯では田畑の自己所有率は75%であり、その多くが夏用、冬用の家と耕作地を所有し、季節によって生活の拠点を変えるトランスヒューマンスと呼ばれる生活形態をとっていることが明らかになった。なお、裕福な家庭では夏用の耕作地は他者に貸しており、季節移動は行われていない。貧困家庭では約半数の家庭で田畑を所有しており、その多くを自ら耕作しているが、人手不足により放棄地になっている田畑が多数あることも明らかになった。また、貧困層の中には、自己所有地を休耕にしていても、土地を借りて耕作している家庭もあることがわかった。食料が不足する時期については、土地所有の形態及び労働力は農村部の家庭におけるフード・セキュリティに強く関連性が認められたほか、家庭内に都市部での労働者がいる場合は、その所得によりフード・セキュリティにもプラスに影響することが明らかとなった。質疑応答では、今回の調査対象地域をブータンにおける標準的な農村部として一般化して捉えていいのか、これらの家庭における食料自給率と購入する食品の割合はどの程度か等の質問があった。

坂本先生による「ブータン王国における高齢者の健康」では、タシガン県カリン村に医師として滞在した経験に基づき、研究成果がまとめられた内容が発表された。ブータンでは従来、乳児死亡率の改善に向けて医療・保健政策に重点が置かれていたが、現在、乳児死亡率はある程度改善し、ブータンにおいても高齢者に対する政策が行われはじめた。政府との意見交換の結果、高齢者に対する健康診断の実施にあたっては、糖尿病、高血圧、中毒(アルコールやドマ等)、視力、聴力、歯、転倒リスク、栄養、社会的孤立等が重要であるという結果に至り、政府承認を得て、高齢者の健康診断を実施した。実施の結果、視力に問題のある患者が多く、ほとんどが老眼であったほか、男女問わず3割以上がアルコール依存症であった。ブータンにおける高齢者の視力低下については、高山地であり紫外線が強いことによるものと考えられる。また、ブータンでは肥満や重度の高血圧患者がいるにもかかわらず、放置されている状況であった。高血圧の原因はアラ(酒)、コメ、トウモロコシ、イモという炭水化物を中心とする食生活が影響しているものと考えられる。その他、カリンでは車道沿いに糖尿病患者が増加していることも明らかになった。質疑応答では、ブータンにおけるリハビリの定着度合いや高血圧の高齢者に占める合併症や悪性高血圧の患者の割合等に関する質問がなされた。

高橋研究員による「ブータンにおける古街道の実態の包括的解明」では、中間貿易や交易路等周辺地域を含め、地政学的にブータンを広く捉えて古街道を研究し、その政治・経済的な重要性が明らかにされたほか、特に仏教の伝播や歴史研究における古街道研究の重要性が指摘された。研究の結果、古街道は現在の車道と異なり地形が許す限り目的地を最短距離で結び、結節点は川の合流点や峠であることが多いほか、重要な結節点周辺にはゾンや寺院があること等が明らかになった。特にチベットのラサからインドのグワハティまたはランプルまでのヒマラヤを越える道は、ヒマラヤ山脈に限らず、チベット側のヤルツァンポ川や無人の高原地帯、ブータン及びアッサムの大森林・急斜面、インドのブラマプトラ川など多くの難関がある。また、チベットからインドへの交易にあたっては、ウマ、ヤク、ゾウと動物を乗り換えないといけない点も難関のひとつであることが指摘された。ソンツェン・ガンポが建立した寺院のうち2つがブータンにあるが、これらは宗教的な意味のみならず、政治・経済的な意味もあって街道の主要地点に寺院を建立したとの考察が示された。

研究会後には、懇親会が開催され、研究会の時間だけでは聞くことのできなかった質問について、ざっくばらんな雰囲気の中で研究者との意見を交わす場になった。

2011年に第1回の研究会を開催して以来、試行錯誤を重ねながら回を重ねてきた本研究会が5年目を迎えられたことは、主催者として嬉しく感じている。また、これまで本研究会を支えていただいた日本ブータン友好協会をはじめ、多くの関係者の方々に感謝したい。今後も、日本におけるブータン研究の発展と研究者同士のネットワーク作りという本研究会の趣旨を踏まえ、活動を続けていきたいと考えている。

※なお、上記の各発表概要は、発表者による確認を得たものではなく、内容や認識に違いがあった場合でも、執筆者及び日本ブータン研究所の責任のもと報告しているものです。ご了承ください。

※日本ブータン友好協会『日本ブータン友好協会会報 ブータン』第127号、3-4頁より転載。