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Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

NEW!お話の会―ブータン第4回国民議会選挙を振り返って―①

日本ブータン友好協会理事 平山 雄大

2024年2月25日(日)、第44回通常総会終了後に実施された「お話の会」にて、ブータンの選挙制度、これまでの国民議会選挙結果、そして民主化以降4回目となった国民議会選挙に関してお話させていただきました。取り上げた内容を、以下に紹介させていただきます。

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1. ブータンの選挙制度

選挙に関するルールは、2008年に制定された「ブータン王国選挙法」(Election Act of the Kingdom of Bhutan, 2008)にすべて記されています。英語版とゾンカ版があり、英語版は本文だけで198ページあります。

◆選挙権と被選挙権

選挙権は、「ブータン国民」つまりIDカードを持っている人で、18歳以上の人にあります(選挙法第100条「有権者の資格」)。ただし、ロイヤルファミリーとお坊さん(正確な文言は「宗教上の人物」)にはありません。被選挙権は、「ブータン国民」で25歳以上65歳以下というのが条件としてあります。さらに、これはたびたび話題に上がりますが「大卒」でないといけません(選挙法第176条「候補者の資格」)。選挙権同様、被選挙権もロイヤルファミリーとお坊さんにはありません。

「ロイヤルファミリー」とは誰までを指すのか(特に配偶者の括りは?例えばアジ・ケサン・チョデンと結婚されたジグミ・Y・ティンレイ元首相の息子ダショー・パルデン・Y・ティンレイは選挙に出られるのか?)、「宗教上の人物」とは誰までを指すのか(例えばシュン・ダツァン(中央僧院)が把握しきれていないだろう、ニンマ派の在家僧ゴムチェンは実際は選挙人登録されているのでは?)に関しては、正確なところは選挙管理委員会に問い合わせる必要がありそうです。条文を読む限り、「宗教上の人物」に関しては国内のヒンドゥー教寺院やシーク教寺院の僧侶、キリスト教の司祭(神父)等も既定の対象のはずですし、それを想定した文言になっていますが、どこまで徹底されているかは不明です。特にキリスト教の神父は、普通は神父であることを公言していませんし……。ちなみに、ギテと総称される元僧侶には選挙権があり、大卒資格があれば選挙に出ることもできます。

また、ブータン国内にはIDカードを持っていない人(つまり無国籍状態の「ブータン国民」)がおそらく数千人の規模で存在しますが、選挙法の条文にある通り、そういった方々は選挙プロセスには参加できません。

◆投票方法

投票方法は以下の3種類です。

①当日投票
②郵便投票
③障害者を対象とした特別期日前投票

②に関して補足すると、郵便投票は、投票所に出向くことが困難と認められる国内居住の公務員、軍人、学生・研修員、また海外居住の外交官、公務員、軍人、学生・研修員が主な対象で、選挙管理委員会への事前登録が必要です。これまでの選挙では、郵便投票の対象者が事前にブースで投票可能なPBFB(paper ballot facilitation booth)が設置されていたことがありましたが(つまり期日前投票)、今回の国民議会選挙においてPBFBは実施されず、期日前投票は障害者のみが対象だったようです。

基本的に、居住地ではなく本籍地、つまりセンサス(戸籍)が登録されている場所で投票する必要があります。ですので、例えばティンプーに住んでいても、本籍地がタシガンだとそこに帰って投票しなければいけません。「民族大移動」が必要となり面倒なので居住地での投票にすれば?という意見も当然出てきますが、システム上すべての統計が本籍地で管理されており、住民基本台帳法によって引っ越したら原則住民票を移さないといけない日本とは大きく異なり、ブータン政府は国民がどこに居住しているか把握していません。それぞれの選挙区の選挙人名簿はセンサスをもとに作成されています。ゆえに管理上の問題から、居住地での投票とすることが難しいのだと思います。

ちなみに、土地を持っていれば本籍地を移すことが可能です。例えばタシガンからティンプーに移住した人がティンプーに土地を買ったら、本籍地をティンプーに移すことができます。

「民族大移動」への措置として、前述の通り一応事前登録制の郵便投票制度があります。今回の本選挙でも全投票の約3分の1(10万8,502票)は郵便投票でした。ただしこの郵便投票は、詳しくは(a)外交官及び海外のブータン大使館に勤務する者、(b)政府の特別任務に就いており、その任務の遂行のために当面ブータン国外に居住している者、(c)ブータン国軍のメンバー(軍人)、(d)選挙の義務を負っている者、(e)公務員、及びこれら(a)~(e)に該当する人と同居している配偶者・扶養家族、そして(f)学生・研修生、(h)選挙管理委員会が指定するその他の有権者グループのみを対象としています(選挙法第331条)。つまり、特に理由のない「一般人」を対象としていないので、使い勝手は必ずしも良いわけではありません。

◆国家評議会(上院)と国民議会(下院)

国会は、国家評議会(National Council、上院)と国民議会(National Assembly、下院)で構成されています。任期はどちらも5年です。

上院は各県から1名ずつ選出される20名と国王が選出する5名の全25名で構成され、一番新しい第4回選挙は2023年4月20日に実施されました。上院の議員は政党に所属できません。現在の上院議長はチュカ県選出のサンゲ・ドルジ議員です。これは下院も同様ですが、議長はオレンジカムニ着用で大臣と同列です。

下院は選挙法第4条によると「最大55議席」とのことですが、現在に至るまでずっと47議席を定員としており、本選挙に進む政党を2つ選ぶ予備選挙と、47の小選挙区で候補者を選ぶ本選挙の2段構えで選挙が行われています。選挙区は各県を人口に比例して2~5の選挙区に分割したもので、タシガン県が一番多くて5つに、サムツェ県が4つに、ペマガツェル県とモンガル県が3つに分けられています(他の県はすべて2つに分けられています)。ゾンカでこの選挙区をデムコン(demkhong)と言います。この本選挙で過半数を獲得し勝利した政党が与党になり、負けたほうが野党になります。

選挙区の設定方法は選挙法第86条「選挙区の境界線」に規定されています。既存の境界を用い、有権者の人口を均等にすること、地理的にコンパクトなエリアにすること、選挙区内の通信及び移動手段を考慮することが求められており、最終的には境界設定委員会(delimitation commission)が決定します

2. これまでの国民議会選挙結果

2008年の第1回選挙では政党が2つしか登録されなかったので、予備選挙はなく、本選挙(3月24日)のみ行われました。結果、47議席中45議席を獲得したDPT(Druk Phuensum Tshogpa、調和党)が圧勝し、党首のジグミ・Y・ティンレイが首相となりました。4代国王の義兄サンゲ・ニドゥップ率いるPDP(People’s Democratic Party、民主党)は惨敗しました。ちなみに実際の両党の得票数は約7:3でした。PDPの2議席のうちのひとつが後の首相ツェリン・トプゲで、彼が野党党首となり以降のPDPを率いていくことになります。

2013年の第2回選挙では、予備選挙(5月31日)でDPTとPDP、その次の選挙で与党となるDNT(Druk Nyamrup Tshogpa、協同党)、さらにリリー・ワンチュクが党首を務めたDCT(Druk Chirwang Tshogpa、大衆党)が競い、DPTとPDPが本選挙に進みました。本選挙(7月13日)では大方の予想に反しPDPが過半数32議席を得て、政権交代となりました。予備選挙からの逆転劇で、PDPの得票率は約55%でした。ジグミ・Y・ティンレイは、自身は当選していましたが敗戦の責任を……ということで辞職しそのまま隠居してしまいました。長年国づくりの第一線で活躍し、特に最後の15年はGNHを世界に発信し続けた立役者の引き際としては、かなり寂しい感じでした。

続いて、第3回選挙が2018年に行われました。予備選挙(9月15日)では、DPT、PDP、前回の予備選挙で第3党だったDNT、さらに当時ダショー・ネテン・ザンモが党首を務めていたBKP(Bhutan Kuen-Nyam Party、平等党)が競い、DNTとDPTが本選挙に進みました。与党だったPDPは本選挙に進めませんでした。本選挙(10月18日)ではDNTが30議席を得て与党となり、党首ロテ・ツェリンが首相となりました。DNTの得票率は全体の約55%でした。余談ですが、この与党の得票数55%・野党の得票率45%というのは、このひとつ前の本選挙でもそうですし、今年1月の本選挙でもそうで、実に3回連続ほぼ同じ割合です。党首のペマ・ギャムツォ率いるDPTは前回に引き続き野党となりました。本選挙の結果は、西で強かった(というか西部全勝の)DNT、東で強かったDPTという図式がきれいに現れています。

第4回選挙となる今回、予備選挙(2023年11月30日)では5つの政党が戦い、PDPと新党BTP(Bhutan Tendrel Party、縁起党)が本選挙に進みました。与党だったDNTに加え、野党だったDPTも本選挙に進めないというこれまでにないかたちでした。キンガ・ツェリンが党首を務める新党DTT(Druk Thuendrel Tshogpa、団結党)は唯一どこの選挙区でも勝てず、存在感を示せませんでした。47選挙区のうち39を制したPDPの全面勝利で、本選挙(2024年1月9日)ではPDPが30議席を獲得し与党に返り咲き、ツェリン・トプゲが2018年以来5年ぶりに首相を務めることになりました。党首ダショー・ペマ・チェワン率いるBTPは東部を中心に勝利を重ねて、前回の野党の議席数と同じ17議席を勝ち取りました。政党は変わっていますが、前回同様、「与党=西、野党=東」という図式が見て取れます。今回の国民議会選挙の詳細は会報前号(161号)に掲載された須藤伸さんによる報告にある通りなので、ここでは割愛させていただきます。

「毎回の政権交代は、新しいものが好きなブータン人気質ゆえ」、「新しい政党や候補者にチャンスを与えよう!という風潮」、「気持ちが移り変わりやすい」等いろいろな意見が聞かれますが、やはりブータン人はどこかで政治に満足していない(例えば前政権のDNTは、コロナ対策は評価されたが失業対策はおざなりになってしまった……等)のだと私は思っています。

3. 立候補者と選挙戦

5政党それぞれが47名の候補者を擁立しますので、今回の国民議会選挙の立候補者は合計235名でした。そのうち、女性候補者は26名でした。元公務員、元議員が多いですがそれだけではありません。例えば今回のPDPの候補者47名の内訳は、首相経験者1名、大臣経験者7名、元議員9名(つまり合計すると元議員17名)、元公務員14名、会社役員2名、ビジネスマン・起業家10名、国際NGO職員1名、教員2名、医者1名でした。これはどの国でも同様だと思いますが、立候補するためには仕事を辞める必要があるので、選挙は「賭け」の要素が強いです。例えば、選挙に出るために公務員をやめる⇒選挙に負ける⇒公務員に戻れない、という悲劇はこれまでもたくさん繰り広げられています。

立候補者を知る方法はたくさんあり、ブータンの選挙もSNSが大活躍しています。選挙キャンペーン中は各政党がSNSを戦略的に活用しますし、ウェブサイトも充実しています。もちろん直接演説で訴え、テレビでの公開討論もあります。掲示板にポスターも貼られますし、候補者の名刺が配られたりもします。新聞にも記事が載ります。さらに、各政党は候補者の公約をまとめたリストを作成してそれを活用します。経済、保健、教育、地方政府、道路、水、農業と地域開発、雇用……と、「勝利した暁には地元にこう貢献します!」という公約が記されています。

かつての選挙では予備選挙が終わった後に鞍替え出馬ありましたが、今回はなかったようです。選挙法では予備選挙後の候補者の交代が認められており、予備選挙で敗れた政党から候補者を引き抜く行為は違法ではありません。ただ、この鞍替え出馬に関する批判は少なからず存在するため、今回の選挙ではPDP、BTPともに、予備選挙と本選挙で候補者を変えないことを決めていました。

選挙では。いわゆる「一票の格差」の問題がどうしても発生します。例えば今回の本選挙では、531票の得票で当選した候補者もいれば、6,000票以上獲得したのに敗れた候補者もいます。ガサ県の2つ選挙区ではそれぞれ531票、688票の獲得でPDPの候補者が勝利していますが、一方でサルパン県の選挙区では、BTPの候補者は6,202票を獲得しても敗れてしまいました。

次号へ続く

※日本ブータン友好協会『日本ブータン友好協会会報 ブータン』第162号、3-6頁より転載。