日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

第4回日本ブータン研究会を開催

日本ブータン研究所 須藤 伸

5月11日(日)、早稲田大学にて「第4回日本ブータン研究会」が開催された。この研究会は、ブータンをフィールドにしている研究者や大学院生が日頃の研究の成果を披露し、意見交換を行う場を目指して毎年開催されている。私と平山雄大(共に日本ブータン友好協会会員)が中心になって企画しており、今年で4回目を迎えた。

今年も分野の異なる3人の研究者にご発表いただき、ブータンを捉える視点も多様で内容の濃い研究会となった。研究会当日は30名の方にご参加いただき、活発な質疑応答が行われた。

発表タイトルと発表者は以下の通りである。

発表① 「マンデビ語・ブムタン語及びブロカット語における音韻体系の年代差」
西田 文信(岩手大学人文社会学部准教授)

発表② 「ブータン人の日本語会話能力とは?―会話試験の実践報告をもとに―」
福島 宏美(大阪大学大学院言語文化研究科修士課程)

発表③ 「『Within the Realm of Happiness』(キンレ・ドルジ著)の意義を読み解く」
真崎 克彦(甲南大学マネジメント創造学部教授)

それぞれの発表を簡単に紹介する。

西田先生による「マンデビ語・ブムタン語及びブロカット語における音韻体系の年代差」では、ブータン国内で話されているマンデビ語、ブムタン語、ブロカット語について紹介された後、フィールドワークによる語彙及び文法調査から得られた世代間の音韻の差異が報告された。マンデビ語は、マンデチュー(マンデ川)の流域に分布する言語であり、トンサ県及びワンデュ・ポダン県を中心に話者が存在する。ブムタン語は、ブムタン県を中心に分布する。ブロカット語は、ブムタン県チョコル渓谷ドゥル村の遊牧民が話す言語である。調査方法は、それぞれの言語の老年層、中年層、若年層の話者に対して、身体名称や親族名称、動物、植物等、基礎語彙の聞き取りを行い、観測された音韻の差異を記録した。結果、マンデビ語及びブムタン語については、音韻にかなりの世代差が存在することが認められた一方で、ブロカット語はほとんど世代間の差異が見出されなかった。

福島さんによる「ブータン人の日本語会話能力とは?―会話試験の実践報告をもとに―」では、2011年から2013年までの間、ブータン日本語学校(The Bhutan Centre for Japanese Studies)にて日本語会話能力試験の開発に携わった経験をもとに、ツアーガイドを対象とした日本語会話能力試験の開発から実施までの概要と今後目指すべき方向性が発表された。試験はツアーガイドを対象に2013年から半年に一度実施されており、30分を上限とした試験官との自由会話によって10段階で評価される。試験の結果から受験者による日本語の誤用を抽出して分類したところ、受験者の傾向として、語彙及び助詞の用法に関する誤法の割合が高く、その他は表現、発音、文法等の誤法が目立つ結果となった。今後の試験の展開として、文法的な誤用などにとらわれすぎず、非言語行動や印象等も評価行動に設定し、日本語話者にとって聞きやすい話し方・聞き方を評価する方向に改善が必要となる。また、能力試験の効果として、クラス12を終えていない者でも、試験の結果次第では日本語ガイドの道が開かれるようになり、ガイドの雇用及び労使交渉が能力にあった形で行われるようになった。会場からは、ブータン人受験者の日本語の上達度はどの程度か、誤用は何語で日本語を学ぶかによっても異なってくるのではないか等の質問・意見が出された。

真崎先生による「『Within the Realm of Happiness』(キンレ・ドルジ著)の意義を読み解く」では、ブータン初の全国紙『クエンセル』の初代編集長でGNHにも詳しいキンレ・ドルジ氏の著作である『Within the Realm of Happiness』をもとに、ブータンが「幸福の国」たるゆえんを解読し、日本とブータンとの比較を通じて日本が学べることが紹介された。ブータンから学べることとして、①地域の歴史や風土に根ざした「発展」の追求、②画一的な「進歩」観に縛られない多様性の許容、③社会で大事にされるべき基本的な価値観の共有の3点が示され、日本においても、企業の利潤追求を先んじ、自然に付加をかける体制の離脱等が提案された。また、ブータンにて近代化の結果生じたしわ寄せや波紋、すれ違い、孤立感等を村落と都市に暮らす人々の視点で紹介し、開発や都市化に警鐘を鳴らした。これらをもとに、日本社会立て直しに向けたビジョンとして、立て直しは「われわれ自身の日々の自覚と実践を通して追求されるしかない」ことや、日本にも心豊かに暮らせる公正な社会や自然環境を大切にしようといった奥深い価値観や美意識が息づいており、その特性が見直される必要がある旨説明された。その結果、経済成長路線に偏重してきた日本が、真に「豊か」で「幸せ」な社会へと転換していく展望が開ける点、及び他人や自然への配慮が大事にされてこそ社会全体が「豊か」で「幸せ」になるという意識を高めていく必要性等が指摘された。

研究会後には、会場付近のインド・ネパール料理店Dharma(ダルマ)にて懇親会が開催された。懇親会は、研究会の時間だけでは聞くことのできなかった質問について、ざっくばらんな雰囲気の中で研究者との意見を交わす場になった。

本研究会は今年で4年目を迎えたが、今後も「アカデミック」の部分を強調し、ブータンの事象に関する研究発表と意見交換の場を創出していきたい。また、昨年の研究会でも指摘された、ブータン研究に携わる大学院生等若手の研究者の発掘も引き続き行っていこうと考えている。

※日本ブータン友好協会『日本ブータン友好協会会報 ブータン』第123号、2、6頁より転載。