日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

選挙で変わった?今とこれからのブータン

平山 雄大
(お茶の水女子大学グローバル協力センター講師)

1.選挙の話

2008年に民主化したブータンでは、上院(国家評議会、National Council: NC)・下院(国民議会、National Assembly: NA)の二院制が採用されています。任期はどちらも5年で、上院25議席(各県から選出される20人と国王が選出する5人)・下院47議席(全国を47に分けた小選挙区から選出される47人)で構成されています。

下院選挙で勝利した政党が与党となり、その党首が首相となる体制になっており、2023年11月30日の予備選挙―まず、予備選挙で政党を2つに絞り込みます―を経て2024年1月9日に本選挙が行われた第4回下院議員選挙では、西部を中心に票を得た民主党(People’s Democratic Party: PDP、シンボルマークは馬)が政権に返り咲きました。民主党は2013年から2018年まで政権を担った政党で、党首はハ県出身の元公務員ツェリン・トプゲ氏です。

今回の予備選挙では5つの政党が戦い、42.5%の得票を得た民主党と、19.6%の得票を得た縁起党(Bhutan Tendrel Party: BTP、シンボルマークは象)が決勝に進出しました。縁起党の党首はタシガン県出身の元公務員ペマ・チェワン氏で、本選挙の結果は「西部で強い民主党」vs「東部で強い縁起党」という構図を示しています。

②本選挙結果
出所:https://kuenselonline.com/pdp-is-back/

知り合いのブータンの方々の意見をまとめると、民主党の勝因は、公開討論会等での党首の存在感、党首の気さくな人柄、南部と中部での積極的な選挙キャンペーンによる支持確保、SNSの活用の巧みさ、ウェブサイトやマニフェスト(公約)の分かりやすさ、スローガンの明確さあたりに見出せそうです。各党の掲げたマニフェストには、経済の立て直し、雇用創出、都市と地方の格差是正、インフラ整備……と課題が山積みのブータンをどう舵取りするかが示されましたが、現行の観光政策の見直しや学校週休2日制の導入を掲げた民主党は、観光業に関わる人たちや教員から多くの支持を得たようです。

③民主党のマニフェスト(表紙)

2.変化の話

新聞記事によると、ブータンの若者の失業率は2022年に28.6%に達し、2022年の1年間に1万6,973人が、2023年は1月と2月の2ヵ月間だけで1万641人もの人が、留学や就労のためにパロ空港から海外に向けて旅立ちました。人口約70万人のブータンにおいて、その割合は相当です。特に渡航者が多いのはオーストラリア(中でも特にパース)で、オーストラリア各地にはかなりの規模のブータン人コミュニティが存在し、ブータン料理を提供しているお店は、パースだけでも少なくとも8ヵ所はあるそうです。オーストラリア政府の政策転換の結果、ブータンからオーストラリアへの留学・就労数は今後減っていくと予想されていますが、ブータン国内でも物価上昇が進む中、また増え続ける大卒者に「見合った」就職先が整備されていない中、さらに身近に「外国で稼いできた成功例」が多くある中、人材流出の波を止めることはなかなか難しそうです。

④オーストラリア・パースのブータン料理屋「ドラゴン・シェフ」
出所:https://www.dragonchef.com.au/about-us/

今、ブータン国内で最もホットな話題は「マインドフルネス・シティ」に関するものです。これは昨年12月17日のナショナルデー(建国記念日)の式典で正式発表された、南部サルパン県ゲレフの広大な土地に巨大経済特区を作るという国王発案のプロジェクトです。外国企業の誘致を前提としたこの一大プロジェクトが成功すれば、雇用も創出され経済的にも潤い良いこと尽くしですが、未来がどうなるかは誰にも分かりません。式典で「命をかけてこのプロジェクトを成功に導く」と宣言された国王を信じて、国を挙げて邁進していく……という感じでしょうか。国王が積極的に各国の企業や富豪に誘致攻勢をしかけ、水面下では着々と動き出しているという話もあります。コロナ禍で再整備された「デスン」という国に奉仕するボランティア組織―それに参加しているオレンジ色のユニフォーム姿の人たちは「デスップ」と呼ばれています―が、このマインドフルネス・シティ建設においても重要な役割を果たすことになるようです。

現在、デスンはスキルアップ(技術訓練・職業訓練)プログラムと連動しており、デスップは各地の市場や公共施設を整備し、新たなカフェやレストランの運営等も行っています。この一環でティンプーにあるターキン放牧場には遊歩道が整備され、おいしいケーキが食べられるカフェが併設されました。

民主党が掲げた観光政策の見直しに関しては今のところ大きな動きはありませんが、学校週休2日制の導入は5月2日のティーチャーズデー(教師の日)に首相から正式発表され、その週の週末から全国の学校で開始されました。新政権の実行力に期待しつつ、引き続きブータンの「今とこれから」を追っていきたいと思います。

⑤ゲレフの街並み
⑥クルタン(プナカ)の市場(2023年8月撮影)
⑦ティンプーのターキン放牧場(2023年9月撮影)
⑧パロの新しい市場(2023年9月撮影)

※ヤクランド『ヤクランド通信』第121号、2-4頁より転載。