日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS
アジ・ケサン訪日60周年記念 王室と皇室の往来を振り返る
早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター助教 平山雄大
5月31日から6月8日の日程で眞子さまがブータンを公式訪問されました。1987年3月には皇太子さまがインド・ネパールと併せて、1997年3月には秋篠宮さまご夫妻がネパールと併せてブータンを公式訪問されており、日本の皇室からは20年ぶり3回目の訪ブです(ブータンのみのご訪問というかたちは今回が初めてのことでした)。眞子さま同様、皇太子さまも秋篠宮さまご夫妻も現地では民族衣装(男性はゴ、女性はキラ)をお召しになり、特に紀子さまのキラ姿は週刊誌等でも多く取り上げられました※1。
では、ブータン王室からの訪日はどうでしょうか。2011年11月に、ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク第5代国王ご夫妻が国賓として訪日されたことは記憶に新しいと思います。訪日中、このイケメン国王・美人王妃は連日各種メディアで取り上げられ、一気にブータンフィーバーを巻き起こしました。また1989年2月には大喪の礼、1990年11月には即位の礼への参列のためにジグメ・シンゲ・ワンチュク第4代国王も訪日されており、その立ち振る舞いに感銘を受けた日本人も多いです。
実は、ブータン王室からの訪日の回数は皇室からの訪ブの比ではありません。2017年3月、2016年5月、2011年7月にジゲル・ウゲン・ワンチュク王子(第5代国王の弟君)がブータンオリンピック委員会会長としてのお仕事で、2016年5月にはツェリン・ヤンドン・ワンチュク皇太后(第4代国王妃)とデチェン・ヤンゾン・ワンチュク王女(第5代国王の妹君)が上野の森美術館のブータン展開会式に合わせて訪日されています。また、2014年3月にはドルジ・ワンモ・ワンチュク皇太后(第4代国王妃 ※第4代国王妃は4人いらっしゃいます)が、2004年10月には同皇太后及びソナム・デチェン・ワンチュク王女(第5代国王の妹君)が、2012年5月と2011年2月にはケサン・チョデン・ワンチュク王女(第5代国王の妹君)がいらっしゃっています。さらに、1991年7月には第4代国王の妹君であるデチェン・ワンモ・ワンチュク殿下及び王子・王女らも訪日されています。私も知らない非公式の訪日はもっとあるかもしれません。
ブータン王室から日本に初めていらっしゃったかたは、ケサン・チョデン・ワンチュク太皇太后(第3代国王妃、以下アジ・ケサン)で間違いないでしょう。1957年10~11月に、お母さまのラニー・チュニー・ドルジ、お姉さまのタシ・ドルジ、そして侍医のドクター・カボーとともにいらっしゃいました。その2年前にインドの西ベンガル州で偶然お母さま・お姉さまと知り合った神戸の貿易商・川西勝のみが事前に連絡を受けていたに過ぎず、国交樹立前のこの非公式訪日のことを日本のメディアはまったく把握していませんでした。また、本多勝一(当時京大生)が在カルカッタ日本国総領事館で情報を聞きつけ中尾佐助(当時大阪府立大学助教授)らに伝えたことがきっかけとなり、京都では京都大学の関係者が案内役を務めたりもしました。
このときアジ・ケサンは宝塚大劇場で宝塚歌劇を鑑賞されたり、京都で仏壇や西陣織を(数百万円分も!)購入されたり、ドクター・カボーだけを引き連れて特急列車に乗車されたりしています。11月9日東京駅発の特急列車(おそらく「つばめ」、当時東京=大阪間片道7時間30分)では、食堂車で偶然ガブリエル・マルセル(フランスの哲学者・劇作家)と鉢合わせ、「ガブリエル・マルセル先生じゃありませんか。私は数年前に、オックスフォードで、先生の講義を伺いました。」※2となり食事をしながら話が弾んだ…、といったこともあったようです。
アジ・ケサンのイギリス留学話はまた機会を改めて取り上げたいと思いますが、とにかく、今年は記念すべき「アジ・ケサン訪日60周年」なのでした。ちなみにアジ・ケサンは1969年2月に2週間弱、4人の王女らを伴って再訪されていらっしゃいます。このときの「かって気ままなハプニング・バカンス」※4の様子は『毎日グラフ』で特集が組まれており、それによるとご一行は大阪城、神戸ポートタワー、伊勢神宮等を訪問され、英虞湾クルーズを楽しまれ、また宝塚大劇場にて「ハムレット」を鑑賞されたとの由。
※1 例えば、「歓迎の王国で「ナマステ」 ヒマラヤの国、ネパールとブータンをご訪問になった秋篠宮さま、紀子さま。異国文化にふれた10日間。」(小学館『女性セブン』1997年3月27日号)グラビアページ、「新「華のひと」物語―妃殿下がたの「今日」そして「あの日」― 紀子さまブータン民族衣装で“盆踊り”の舞い」(光文社『女性自身』1997年4月1日号)261-263頁。
※2 小島威彦(1996)『百年目にあけた玉手箱 第7巻 日本海』創樹社、112頁。
※3 Stewart, Natalie H. & Todd, Susie & Stewart, Frances Todd / The National Steering Committee for the Coronation, Ministry of Home and Culture (eds.) (2008) Class of ’56, Thimphu: Voluntary Artists’ Studio, Thimphu (VAST).
※4 「王妃と王女の日本旅行」(毎日新聞社『毎日グラフ』1969年3月2日号)4-10頁。
WAVOCブータンコラム「助教 平山のブータンつれづれ(第8回)」より転載。
https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2017/06/12/2769/