日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

コロナを巡る諸相

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター講師 平山雄大

3月5日の夜に、ブータン国内で初めてコロナ陽性者が確認されてから早9ヵ月。前々回のコラムでは学校を、前回のコラムでは国境閉鎖を巡る状況を取り上げましたが、今回はそれら以外の話題のいくつかを五月雨式に紹介したいと思います。

外国人観光客の受入が停止され、学校閉鎖が当初の3県(ティンプー県、パロ県、プナカ県)から全国20県に拡大し、ブータン・エアラインズの運航停止が決まった3月、街中では消毒液が配布され、薬屋さんにはマスク等を求める人が殺到しました。ブータンに入国する際(つまり、主に留学生等外国にいたブータン人が帰国した際)に義務付けられた14日間の隔離は早々に21日間に延長され、23日にはインドとの陸路国境が閉鎖されました。そして25日にはヨーロッパ帰りの留学生から陽性反応が出て、それがブータン人初の感染事例となりました。

パロ空港。入国時の検温や健康チェックのためにできた行列(2020年2月撮影)
パロ空港。検温・消毒のためのカウンター(2020年2月撮影)

4月には、外国にいたブータン人が続々と帰国しはじめます。政府は各国にチャーター便を出して彼らの帰国をサポートしました。また「ドゥク・トレース」という、いわゆるコロナウイルス接触確認アプリの運用がはじまりました。

ブータンには国に奉仕するボランティア組織「デスン」(第5代国王が音頭をとって2011年2月に発足/直訳すると「平和の守護者」)があり、それに参加している人たちは「デスップ」と呼ばれています。これは自警団のような組織で、3週間ほどの軍隊式(?)トレーニングを受けた後、非常時や人手が必要なとき等にオレンジ色のユニフォームを着て出動します。コロナ前にすでに1万人以上がデスップとして登録済で、そのうちの一部は消毒液配布や国境警備の活動に従事していましたが、コロナ禍の中で志願者が増えて大規模なトレーニングがはじまりました。

消毒液配布を行うデスップたち※1

5月には、中東からの帰国者から感染者がたくさんではじめました。ブータンから中東には実に7,000人以上が出稼ぎに行っており、この時期、帰国希望者を乗せるためのチャーター便はクウェート、バーレーン、アラブ首長国連邦等に多く飛んでいました。

外国人観光客の受入停止に伴って、ガイドさんをはじめとした観光業の皆さんは収入がなくなってしまいました。他にも経済的に苦しい状況に陥る人は多く、そうした人たちを対象とした「救援キドゥ」(毎月一定額の給付金支給)がはじまりました。6月までに受給申請した3万2,088人の3分の1ほどが観光業関係者で、他に輸送業、小売業、レストラン・食品サービス業の順に申請者が多かったと報告されています。

この救援キドゥにはおおまかな所得審査のようなものがあり、申請者のうちの7割強が受給できたようです。支給額は、第1フレーズ(4~7月)では月1万2,000ヌルタム(約1万8,000円)もしくは月8,000ヌルタム(約1万2,000円)、第2フレーズ(7~10月)では月1万ヌルタム(約1万5,000円)もしくは月7,000ヌルタム(約1万500円)。現在は第3フレーズ(10~12月/第2フレーズと同額)が実施中です。

6月時点の救済キドゥ申請者数(職業別)※2

8月11日から3週間、ブータン全土がロックダウンし外出禁止・移動禁止の状態になりました。夜中(11日午前3時15分)に非常事態宣言が発令されそのまま早朝からロックダウンの措置が取られたので、買い出し等もほとんどできず皆さんかなり困ったようです。ロックダウン中は、各家庭への食品配達サービスや医療サービスの補助、またエサがなくなってかわいそうな野良犬たちへのエサ供給サービス等でデスップの皆さんが活躍しました。

ロックダウンは中東からの帰国者が隔離後、パロ県、ティンプー県と移動して実家のあるサルパン県に帰ったところで発症したという速報を受けてのものでしたが、ロックダウン直後からインドとの国境の町プンツォリン※3での感染が増えはじめて、特にプンツォリンには厳重な警戒体制・検疫体制が敷かれました。またこの頃、DANTAK(ダンタック/インド陸軍傘下の工兵隊)やIMTRAT(イントラット/インド軍事訓練チーム)、つまりコロナ禍の中でもブータン国内で活動を続け、人の往来もあったインド人のチーム内から陽性者が多発している状況が報告されています。

ツェチュをはじめとしたお祭りは規模を縮小し、無観客開催のかたちで行われています。9月に保健省が発表した「お祭りの祝日を安全に過ごすための6ヵ条」には、お祭りはテレビで観賞すること、外出する必要がある場合はフィジカル・ディスタンス(ブータンでは「ソーシャル・ディスタンス」ではなく「フィジカル・ディスタンス」という言葉が一般的)を保つこと等がまとめられていました。

「お祭りの祝日を安全に過ごすための6ヵ条」(ゾンカ語バージョン)※4

10月、政府はインドと国境を接する南部一帯をハイリスク地域に指定し、その地域の住民が他地域・他県へ行く場合には検疫と検査を義務付けました。また、それに先立って先代である第4代国王の南部視察・慰問が行われ、その写真が公開されました。感染拡大が止まらない人口13億人の巨大国家インドと国境を接する人口70万人の小国ブータンの、非常に重要なコロナ防衛線がこの南部地域です。

10月には、インドを中心とした外国からの帰国者やブータン国内のインド人を中心に感染者が増え、累計300人を越えました。新聞記事によると「10月にブータンに入国した外国人(筆者注:つまりインド人)の約8%が陽性だった」とのことで、インドとの関係性の中で何かと難しい点もあるようですが、「水際の取り組みをより徹底すべし」との認識が改めて示されました。

ハイリスク地域に指定された南部地域(赤線の下側)※5
南部視察中の第4代国王※6

12月15日の時点で、国内の感染者は累計438人となっています。今も「死者数0」を維持している点は内外から高く評価されています。

当初は「2020年11月には外国人観光客の受入は再開できるだろう」と言われていましたが、状況がそれを許さず、今のところその再開の目途はまったく立っていません。政府観光局は国内観光市場開拓のために「ドゥク・ネコル」という聖地巡礼プログラムを発表しましたが、その定着もまた課題が多そうです。

12月15日のコロナ感染者数(累計感染者438人、回復者404人)※7

※1 https://www.facebook.com/PMOBhutan/

※2 https://kuenselonline.com/druk-gyalpos-relief-kidu-benefits-22963-people/

※3 https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2018/12/07/3933/

※4 http://www.moh.gov.bt/update-health-first-celebrations-later/

※5 http://www.moh.gov.bt/update-demarcation-of-the-high-risk-areasouthern-buffer/

※6 http://www.moh.gov.bt/his-majesty-the-king-and-his-majesty-the-fourth-druk-gyalpo-are-both-on-royal-tours-to-different-parts-of-southern-bhutan/

※7 http://www.moh.gov.bt/national-situational-update-on-covid-19-data-as-of-14th-december-2020/

WAVOCブータンコラム「平山雄大のブータンつれづれ(第57回)」より転載。
https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2020/12/18/5856/