日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS
近代学校教育の現状(前半)
平山 雄大
早稲田大学教育・総合科学学術院教育総合研究所 助手
前号(第56号)では、約100年にわたるブータンの近代学校教育史について書かせていただきました。今号と次号は、現在の学校教育事情について説明をさせていただきたいと思います。ブータンの学校には大別すると「近代学校」と「僧院学校」(チベット仏教の僧侶の養成機関)の2つの系統が存在しますが、今回も基本的には前者のみを取り上げ、単に「学校」と言う場合は近代学校を指すことにします。
1. 学校教育制度
日本の学校教育は初等教育(小学校)が6年間、前期中等教育(中学校)が3年間、後期中等教育(高等学校)が3年間なので、一般的に「6-3-3制」と表されます。
一方、現在のブータンの学校教育は初等教育が7年間、前期中等教育が2年間、中期中等教育が2年間、後期中等教育が2年間なので、「7-2-2-2制」と表すことができます(図1参照)。
学年の呼びかたは、日本のように「中学2年」、「高校3年」等とはならず、第1学年(「クラス1」)から最終の第12学年(「クラス12」)まで順に数字が上がっていきます。また、第1学年の前にはPP(Pre Primary)という1年間の準備教育があります。PPから第6学年までの7年間が初等教育に位置づけられており、この段階のみの教育を提供している学校が小学校(Primary School: PS)と呼ばれています。
同様に、第8学年までの教育を提供している学校が前期中学校(Lower Secondary School: LSS)、第10学年までの教育を提供している学校が中期中学校(Middle Secondary School: MSS)、第12学年までの教育を提供している学校が後期中学校(Higher Secondary School: HSS)(注1)です。ブータンの各学校の名称は「最終学年がどこか?」によって決まります。ほぼ日本の高等学校に相当する後期中学校であっても、第11学年と第12学年のみのところもあれば、PPから第12学年まですべての学年が存在するところもあります。日本の学校の名称のつけかたと異なるので、慣れないうちは少々混乱するかもしれません。
PPは日本語の論文や本の中では「幼稚園」と訳されることが多いですが、実際は幼稚園ではなく、その他の学年同様、時間割をもとにしっかり授業が行われ、学年末の試験に落ちた場合は落第もあります。
2008年に制定されたブータン王国憲法第9条第16節において「第10学年までの教育の無償性」が謳われており(注2)、公立学校の授業料は基本的には無料です。義務教育の規定はなく、学校に通うか通わないかは保護者・生徒の判断に委ねられています。基本的に6歳になると小学校に入学することができますが、日本のような自動進級制ではなく、また(現在はかなり少なくなったようですが)そもそも7歳や8歳になってから入学してくる生徒もいるため、同じ学年でもかなりの年齢差が生じることがあります。
2. 学校教育の種類
上記の通り日本の小学校から高等学校に相当する学校がありますが、遠隔部の小学校の中には、インフラの未整備や教員不足を理由に第6学年までの教育を提供していない(提供できない)ところもあります。また、より遠隔部には教育の量的拡大を目指す取組みの中で分校(Extended Class Room: ECR)が設置され、例えば「第3学年まで」、「PPと第1学年のみ」といった小規模な初等教育が行われています。
就学前教育としては、デイケアセンター(Day Care Centre)と呼ばれる幼稚園があります。幼稚園は2005年の段階では全国に5園、2008年の段階では全国に10園しかありませんでしたが、現在は165園にまで急増し、都市部を中心にその重要性・有用性が認知されはじめています。全体の半数の82園が私立と、他の教育段階に比べ私立の占める割合が高いのが特徴的です。
高等教育としては、シェラブツェ・カレッジ、パロ教育カレッジ、科学技術カレッジ、言語文化学院等合計10のカレッジから構成される王立ブータン大学(Royal University of Bhutan: RUB)(注3)が存在します。また、首都近郊には私立大学であるロイヤル・ティンプー・カレッジ(Royal Thimphu College: RTC)もありますが、同大学は王立ブータン大学の傘下にあり、卒業証書は王立ブータン大学から発行されるという、少し特殊な形態が採られています。他に、現在医科大学の設立に向けた動きもあります。
図1や表1に見られる通り、ブータンには他にもいろいろな種類の学校があります。継続教育センター(Continuing Education Centre)というのは、最終学歴が第8学年もしくは第10学年修了の成人で、「現役生と一緒に勉強するのは恥ずかしいけれども、時間が取れるようになったことだし、もっと勉強を続けたい」という者に対して2年間の継続教育を施すものです。独立した設備はなく、後期中学校等の教室を借りて授業が行われています。
ノンフォーマル教育センター(Non-Formal Education Centre)は、いわゆる識字学校です。基礎識字コースとポスト識字コースの2つのコースがあり、学校に通った経験がない、小学校を中退した、といった読み書きの不得意な成人が通っています。独立した建物を有するところもありますが、たいていは小学校等の教室を借りて授業を実施しています。
職業学校は名前の通り職業技術を身につけるための学校で、他の学校(教育省管轄)とは違い労働省が管轄しています。全国に8校あり、ティンプーやタシヤンツェにある伝統技芸院もそのうちのひとつです。入学資格はタシヤンツェの伝統技芸院のみ「第8学年修了」、他は「第10学年修了」となっており、生徒は1~6年のコースを受講し研鑽を積みます。
さらに、特別支援教育を行う特別支援学校があります。カリンの盲学校、パロのドゥゲル前期中学校付属聾学校の2校と、障害を持った生徒を通常学級で教育する「インクルーシブ教育」という実践を推進する6校(ティンプーのチャンガンカ中期中学校等)の合計8校が該当します。
サンスクリット学校は日本の寺子屋のような地域教育施設で、もともとインド等に伝統的に存在していたものです。詳細は不明ですが、ブータンでは主に南部で、ネパール語等を用いてヒンドゥー文化を教える学校として機能している(機能していた)ようです。1983年10月の時点で5校(チランに2校、ゲレフに1校、サムドゥプ・ジョンカルに1校、サムツェに1校)あり、8人の教師のもと264人が学んでいたという記録が残っていますが(注4) 、現在は1校(しかも生徒は7人)しか残っておらず、絶滅危惧種と言えるかもしれません。
3. カリキュラム
前号でも少しふれましたが、ブータンの学校教育の教授言語は基本的には英語です。50年に渡り、ゾンカと一部の科目を除き、授業は英語で行われています。
カリキュラムは図2の通りです。PPから第12学年まですべての学年で授業科目として教えられているのはゾンカ、英語、数学、価値教育で、小学校低学年(PPから第3学年)時には、理科と社会を統合して作られた環境教育というものがあります。学年が上がるにつれ理科が物理や化学に、社会が地理や歴史に細分化する過程は日本と同様です。数年前まで第6学年と第8学年の修了時に全国統一試験が行われていましたが、現在は、この2つの試験は各学校が問題を作成し実施しています。
第11学年と第12学年の2年間は、かつてはジュニア・カレッジ(短期大学)という位置づけがなされていた教育段階で、ここでは生徒各人の専門性を伸ばすことが目指されています。第10学年修了時に受ける全国統一試験の成績によって生徒は理系(Science)、商業系(Commerce)、文系(Arts)のいずれかに振り分けられ、それぞれのコースの選択科目を受講します。第12学年修了時の全国統一試験の結果は大学進学(カレッジの選択や海外留学政府奨学金の取得)に大きく影響するため、進学を希望する生徒の(そして保護者の)プレッシャーは相当なものでしょう。
授業開始時間や1日の授業コマ数等は各学校によって多少柔軟性があり、校長の裁量によって決められているようですが、だいたい1コマ50分で、朝は朝礼や校内清掃が行われます。2010年からはGNH教育(Educating for GNH)と銘打ち、学校教育のあらゆる側面でGNHの概念を教えていこうという取り組みもなされています。その一環で、毎時間の授業開始時には1~2分間の瞑想をするようになりました。
体育や美術は、カリキュラムは完成しているものの教えられる教員が依然として少なく、同教科が授業科目として設置されている学校は多くはありません。
その他、授業科目としては設置されていませんが、クラブ活動等を通して教えられる教科がいくつかあります。学校によって違いがありますが、クラブ活動には農業、伝統舞踊、歌、サッカー、裁縫・刺繍、ボーイスカウト/ガールスカウト、そして環境教育の一環のネイチャー・クラブ等があります。図2にあるSUPWというのは社会奉仕活動(Social Useful Productive Work)の略で、インドの学校教育カリキュラムの影響を受けているものです。学芸発表会やスポーツ大会等、クラブ活動の成果を発表する機会も設けられています。
(次号に続く)
- (注1)小中学校(LSS)、中学校(MSS)、高等学校(HSS)と意訳されることも多いです。
- (注2)Royal Government of Bhutan (RGoB) (2008) The Constitution of the Kingdom of Bhutan, Thimphu: RGoB, p.20.
- (注3)『ヤクランド通信』前号(第56号)で王立ブータン大学の開校を「2008年」としていますが、正しくは「2003年」です。失礼いたしました。
- (注4)Statistics Division, Planning Commission, RGoB (1985) Statistical Handbook of Bhutan (1985), Thimphu: RGoB, p.15.
※ヤクランド『ヤクランド通信』第57号、2-5頁より転載。