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Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

NEW!ブータン国民議会選挙―ツェリン・トプゲィ党首率いる国民民主党が勝利―

日本ブータン友好協会会員 須藤 伸

昨年11月から今年の1月にかけて、ブータン全土にて国民議会選挙(下院、47議席)が行われ、熱い選挙戦が繰り広げられました。そして1月9日に行われた総選挙の結果、ツェリン・トプゲィ党首(元首相)率いる国民民主党(People’s Democratic Party)(以下、民主党)が30議席を獲得して勝利を収め、5年ぶりの政権復帰を果たしました。民主党との間で政権の座を争った新党ブータン縁起党(Bhutan Tendrel Party)(以下、縁起党)は、47議席中残りの17議席を獲得し、野党となりました。なお、これまでの5年に渡り政権与党を務めたロテ・ツェリン党首(前首相)率いるブータン協同党(Druk Nyamrup Tshogpa)(以下、協同党)は、昨年11月30日に実施された予備選挙にて敗退し、総選挙に進むことが叶いませんでした。本コラムでは、今回行われた国民議会選挙に関する選挙制度の概要を振り返るとともに、選挙結果の概要を報告します。

国王陛下を中央に新閣僚10人と国民議会議長  クエンセル1/29より

今回の国民議会選挙は、2008年の民主化後4度目となる政権を選ぶ選挙です。民主党は民主化後の2度目の選挙(2013年)でも政権を樹立しており、ツェリン・トプゲィ氏が首相を務めるのも今回が2度目になります。なお、ブータンの民主化以降、2度目の政権を樹立するのは民主党が初めてです。ツェリン・トプゲィ首相率いる新内閣は、1月28日に国王陛下からの承認を受け、新政権が正式に発足しました。

【ブータン国会:国家評議会と国民議会】
ブータン国会は、上院に相当する国家評議会(National Council)と、下院に相当する国民議会(National Assembly)で構成されています。どちらも5年の任期であり、選挙も5年ごとに行われます。国家評議会は各県(Dzongkhag)から選出される20議席と国王が選出する5議席の全25議席で構成され、国家評議会選挙は、国民議会選挙に先立ち2023年4月に実施されました。なお、国家評議会の議員は政党に所属しておらず、国家評議会選挙の結果が、今回の国民議会選挙の結果に影響を及ぼすことはないと言われています。

【国民議会選挙に関する選挙制度】
 ブータンにおける国民議会選挙は、選挙法第189条に基づき、予備選挙(Primary Round)と総選挙(General Election / Second Round)の2段階で行われます。11月30日に投開票が行われた予備選挙には、選挙管理委員会に登録された5政党が出馬し、有権者は政党を選ぶ形で投票します。この予備選挙にて得票数の上位1位と2位を獲得した2つの政党のみが、総選挙での候補者の擁立が可能となり、47の小選挙区(Demkhong)にて争う候補者を一人ずつ推薦し、国民議会での議席を争うことになります。すなわち、総選挙にて多数の議席を獲得した政党が与党となり、もう一方の政党が野党となります。

【国民議会選挙2023‐2024の概要】
 一次選挙:2023年11月30日(木)
 総選挙:2024年1月9日(火)
 開票日:一次選挙・総選挙ともに即日開票が行われるが、正式な結果発表は翌日 
 対象議席:ブータン国民議会における47議席
 立候補者:5政党235名(うち女性候補者26名)(予備選挙)
 有権者数:497,058名(予備選挙)、498,135名(総選挙)
 選挙権:18歳以上の国民(王族と僧侶は選挙資格・被選挙資格ともに有していない。)
 投票所数:809か所
 選挙方法:ブータン全土を47の選挙区に分けた小選挙区制(選挙区は各県を人口に比例して2~5の選挙区に分割)

【予備選挙の結果】
昨年11月30日(木)に行われた予備選挙には選挙管理委員会に登録した5つの政党が出馬し、選挙の結果、ツェリン・トプゲィ党首率いる民主党が得票率42.53%を獲得し、圧倒的勝利を果たしました。次いで、国土委員会(National Land Commission)の元長官ペマ・チェワン党首率いる縁起党が得票数2位を獲得(得票率19.58%)し、これら2党の総選挙進出が決まりました。

一方で、これまでの5年間に渡り政権与党の座にあった協同党(Druk Nyamrup Tshogpa/得票率13.12%)は、前野党ブータン調和党(Druk Phuensum Tshogpa/得票率14.91%)(以下、調和党)及びブータン団結党(Druk Thuendrel Tshogpa/得票率9.83%)(以下、団結党)とともに、この予備選挙での敗退が決まりました。

予備選挙に出馬した政党
予備選挙:選挙区ごとの選挙結果  クエンセル12/1より
政党名得票数得票率順位
国民民主党
People’s Democratic Party (PDP)
133,21742.53%1位(通過)
ブータン縁起党
Bhutan Tendrel Party (BTP)
61,33119.58%2位(通過)
ブータン調和党
Druk Phuensum Tshogpa (DPT)
46,69414.91%3位(敗退)
ブータン協同党
Druk Nyamrup Tshogpa (DNT)
41,10613.12%4位(敗退)
ブータン団結党
Druk Thuendrel Tshogpa (DTT)
30,8149.83%5位(敗退)
予備選挙:各政党の獲得票数

【予備選挙結果のポイント】
予備選挙の結果、民主党が総投票数の42%以上を獲得し圧勝。11選挙区で他4党の総得票数の合計が民主党の得票数を下回るなど、多くの選挙区で国民民主党が大差をつけて勝利する形となりました。他方で、「小選挙区で47選挙区中39選挙区を制した国民民主党の勝利は、正真正銘のサプライズであった」とクエンセル紙(12月1日付)が報じるように、民主党がここまで大きく支持を伸ばすことは予想外であったようです。特に、ドルジ・ワンディ調和党党首のパンバン選挙区(シェムガン県)や、キンガ・ツェリン団結党党首の北ティンプー選挙区に加え、伝統的に調和党の牙城とされたナノン・シュマール選挙区(ペマガツェル県、2008年民主化後初の首相を務めたジグミ・ティンレイ元首相の選挙区)でも民主党が勝利を収めたことは各報道機関から驚きとともに報じられました。

縁起党は投票総数の19.58%を獲得し、2位に位置して総選挙への進出が決まりました。ペマ・チェワン党首が、「多くの候補者が公務員や元国会議員であるという背景が党への信頼につながっている」と述べるように(10月1日付クエンセル紙)、議席を伸ばした要因は知名度・信頼感の高い候補者を擁立した結果との見方もあります。また、The Bhutanese紙(12月2日付)は、「ブータン縁起党の奇跡」と題した記事で、新党である縁起党が支持を獲得した要因について、公開討論会での説得力、党首への信頼、マニフェストでのシンプルなメッセージ等が勝因の背景にあると分析しています。

得票数3位の調和党は、投票数の14.91%を獲得し、支持基盤であるペマガツェル県の2選挙区を制したものの、得票数が縁起党に及ばず敗退。ブータン民主化後過去3度にわたる総選挙の結果、国民議会での与党・野党として議席を常に確保してきた調和党ですが、今回の予備選挙での敗退により、国民議会での議席獲得への道が閉ざされました。調和党は、東部を中心に支持基盤があるにもかかわらず、多くの選挙区で民主党に票を奪われる形になりました。これは縁起党のペマ・チェワン党首も東部の選挙区から出馬しており(タシガン県カンルン・サムカル・ウゾロン選挙区)、団結党も東部を拠点にしているため、東部の票が割れたという見方があります。

2018年から5年間に渡り政権の座に就いた協同党は、得票数4位(13.12%)で敗退。ロテ・ツェリン党首は自身のフェイスブックでの敗北を認めました。政権期間中は、新型コロナ感染症対応の点で高い指導力を発揮したものの、その後の経済回復や雇用創出に遅れが見られ、こうした経済政策への不満が協同党が得票数を伸ばせなかった一因と考えられます。

新党の団結党は、総投票数の9.83%を獲得しましたが、最下位となりました。キンガ・ツェリン党首自身の北ティンプー選挙区でも、団結党は得票数を伸ばすことができず、民主党、協同党に次いで3位に位置する結果となりました。同党はスノミクス(Sunomics)という仏教理念と経済学を融合した独自の政策理念を掲げて選挙に臨みましたが、こうしたマニフェストに有権者が必ずしも共感できなかったことや、以前、調和党に所属していたキンガ・ツェリン党首が、任期途中に米国留学を理由に議員辞職し、政治を離れたことも信頼を得られなかった要因の一つという声も聞かれます(12月2日付クエンセル紙)。なお、同党は、今回の選挙にて政府の選挙補助金を受ける最低基準とされる10%の得票率を満たすことができなかったため、今後の政治活動の継続は困難との見方もあります。

【総選挙の結果】
予備選挙後の年末から年始にかけて、民主党と縁起党との間では、政権の座を巡り熱い論戦が繰り広げられました。そして1月9日(火)に行われた総選挙の結果、ツェリン・トプゲィ党首率いる民主党が47議席中30議席を獲得して勝利し、5年ぶりの政権復帰を果たしました。また、野党となった縁起党は、47議席中残りの17議席を獲得しました。

総選挙の政党別得票数と選挙区ごとの選挙結果  クエンセル1/10より

【本選挙の結果と組閣後の動き】
総選挙の結果は、大方の予想どおり民主党が勝利し、5年ぶりの政権復帰を果たしました。選挙区別の結果を見ると、東部地域とそれ以外で選挙結果が明確に分かれ、野党となった縁起党が東部6県の選挙区をほぼ独占し、それ以外の地域を民主党がほぼ独占する形となりました。この背景には、民主党ツェリン・トプゲイ党首が西部に位置するハ県ソンベカを選挙区とし、縁起党ペマ・チェワン党首が東部に位置するタシガン県カンルン・サムカル・ウゾロン選挙区であるなど、党首の選挙区が選挙結果に一定の影響を与えたものと考えられます。

総選挙の結果、民主党(30議席)と縁起党(17議席)の獲得議席に大差がついた一方で、得票率は民主党55%に対して、縁起党45%とその差は10%しかなく(票差にして約3万3千票)、予備選挙以降、縁起党が有権者の支持を拡大させてきたことがうかがえます。一方で、落選者に投じられた死票が多いことは、小選挙区制ゆえの課題ともいえるでしょう。

また、民主党所属のドルジ・チョデン副党首(タシガン県ティムシン選挙区、元公共事業・定住大臣)、ノルブ・ワンチュク氏(タシガン県カンルン・サムカル・ウゾロン選挙区、元経済大臣及び元教育大臣)、イェシ・ドルジ氏(ルンツェ県メンビ・ツェンカル選挙区、元農林大臣)等の閣僚経験者が落選しました。

加えて、国民議会における女性の議員数は、選挙前の8名から2名に減少し、ブータンにおける女性の政治参加に係る課題が改めて浮き彫りになりました。(昨年4月に行われた国家評議会選挙でも、選出される20議席のうち当選した女性議員は1名のみ。)

選挙後、政権与党の民主党ツェリン・トプゲィ党首は閣僚を指名し、1月28日に国王陛下からの承認を受けました。新閣僚は、過去に大臣経験を有するベテラン政治家と若い政治家が混在し、地域バランスやジェンダーバランスを考慮したものと考えられます。

また、経済政策が一つの争点となった今回の国民議会選挙ですが、1月29日、ツェリン・トプゲィ首相は、経済開発委員会(Economic Development Board)の新設や150億ニュルタムの経済刺激策の実施計画の策定のためのハイレベルタスクフォースの設置等、4つの行政命令と各省庁に向けた10の指令を発表し、直ちに実行を指示しました。

予備選挙総選挙
有権者数497,058名498,135名
投票者数
 投票所での電子投票者数
 郵便投票者数(特別投票含む)
313,162名
 195,719名
 117,443名
326,775名
 218,273名
 108,502名
投票率63%65.60%
予備選挙・総選挙での投票率

【まとめと所感】
今回の選挙は、2008年のブータン民主化以降4度目となる国民議会選挙であり、ブータンの民主主義の安定や定着という点でも重要であったものと考えますが、選挙に伴う混乱や治安の悪化などが生じることはなく、これまでの選挙同様に終始平和裏に実施されました。

今回の選挙に当たり、各党ともにマニフェストにて具体的かつ野心的な政策目標を打ち出し、公開討論などを通じて支持を訴えてきましたが、有権者に対して必ずしも政策の違いを打ち出せたとはいえないようです。特に有権者の支持が東西に分かれた総選挙の結果を見ても、多くの有権者は、地元に近い政党が政権を得ることによる地元への利益誘導を期待したものとも考えられ、こうした点から、ブータン有権者の投票傾向として、政策に基づく選択よりも政党(特に党首)に近い地域から多くの支持を集める傾向にあるようです。(前回2018年の総選挙の際にも、協同党が主に西部地域からの支持を集め、調和党が主に東部地域からの支持を集めるなど、政党の支持が東西で別れる形になりました。)こうした点から、民主党は、早くから各地での積極的な選挙キャンペーンを展開し、特に中部地域や南部地域の支持を確保できたことが勝因の一つといえそうです。

今回の選挙では、経済回復や雇用創出が争点の一つになったものと考えられますが、予備選挙の結果、これまでの5年間に渡り国民議会での論戦を繰り広げた与党・協同党及び野党・調和党ともに敗退し、国民が過去5年間の政治・政策運営に“No”を突き付ける形となりました。ここ数年の間、ブータン国内では、観光業を含むコロナ後の経済復興の遅れに加え、若年失業率の増加や若年層の海外流出などが政治課題となっています。こうした経済・雇用面での政策への不満が政権交代につながったものと考えられ、新政権にはこうした難しい課題への対応が求められています。

※日本ブータン友好協会『日本ブータン友好協会会報 ブータン』第161号、1-5頁より転載。