日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

NEW!日本ブータン学会第5回大会

※2017年からは、これまで日本ブータン研究所が主催していた日本ブータン研究会を発展させるかたちで、日本ブータン学会の研究大会が開催されています。


2021年7月3日(土)、オンラインにて、日本ブータン学会第5回大会を開催いたしました。

概要

1. 大会日程

2021年7月3日(土) 13:00~16:30

2. 開催方法

Zoomによるリアルタイム配信

3. 大会プログラム

13:00~13:05  開会挨拶
13:05~14:00  基調講演
         「ブータンGNH調査の技術支援から見えたもの」
         髙橋 義明 氏(明海大学経済学部 教授)
14:00~14:10  休憩

14:10~14:40  発表①
         「インクルーシブ教育の受容実態に関する一研究
         ―ブータンと日本の事例から―」
         櫻井 里穂(広島大学)
14:40~15:10  発表②
         「ブータン社会における役割期待とジレンマ
         ―国家公務員における相対的略奪に着目した民主化前後の比較考察―」
         平山 修一(放送大学)
15:10~15:20  休憩

15:20~15:50  発表③
         「『イエティ』概念再考
         ―ブータン東部、ツァンラの事例から―」
         石内 良季(京都大学大学院)
15:50~16:20  発表④
         「GNH指標群の構成にかんする発展過程について」
         山下 修平(GNH研究所)
16:20~16:30  諸連絡

4. 大会参加者

62名

発表要旨

【発表要旨①】「インクルーシブ教育の受容実態に関する一研究 ―ブータンと日本の事例から―」櫻井 里穂(広島大学)

近年、障がいのある子どもたちの教育の方向性を示す理念として「インクルーシブ教育」が世界的な潮流となってきている(Bunch, 2015)。インクルーシブ教育とは、1994年6月、スペインのサラマンカで行われた特別支援教育に関する世界会議で採択された「サラマンカ宣言」に遡る。同宣言では「障がいのある子どもたちを主流化(mainstreaming)していくことこそ万人のための教育達成(EFA)のための国家計画には不可欠である」として、「包摂的な方向性のある通常学校こそが差別的態度と戦うための最も有効的な手段」であり、通常の教育カリキュラムの中に必要な支援をつけていく必要性が述べられている(UNESCO&Ministry of Education and Science, Spain, 1994)。ただし、サラマンカ宣言は基本的指針を示す一方で、インクルーシブ教育政策の具体化策は各国の判断に委ね、各国の既存のシステム自体を変える必要性については触れていない。そのため、2000年代以降のEFAをはじめとする「万人の教育」概念の普及もあり、インクルーシブ教育は各々の国の実情に応じ、急速に広く普及していった(Rose&Shevlin, 2017)。政策的にはブータンや日本もそうした国の一例である。

障がいのある子どもたちの教育に関してブータンと日本の政策は、「排除」→「分離」→「統合」→「インクルージョン」と施策的には同じ動向を持つが、とくに2010年以降、EFAの普及とほぼ時を同じくして障がいのある子どもたちの学習権が保障されていったブータンと、学制発布(1872年)からわずか6年後の1878年開校の京都盲啞院開校から、1979年の養護学校を含むすべての特殊教育が義務化という100年以上の分離教育期間を経た日本とでは、教育政策の展開に興味深い対比点がある。

そこで本発表では、両国のインクルーシブ教育の導入・展開過程を概観し、その上で、それぞれの教育現場におけるインクルーシブ教育の受容実態について、2012年と2019年のブータン(ティンプーおよびパロ)での学校調査(質問紙調査およびインタビュー)と、2017年~2019年にかけての日本の一政令指定都市での学校調査(質問紙調査およびインタビュー)の結果を比較・検証する。具体的には、(1)障がいのある子どもたちにとって学校での学びの妨げとなるのは何か。(2)障がいのある子どもたちの学びの場ついての考え、さらに(3)インクルーシブ教育に期待する効果についての見解、について検証する。なお、調査対象は学校の教員とするが、教員の視点を用いるのは、教員が障がいのある子どもたちとどう接するかは、教室にいるすべての子どもたちの認知能力及び非認知能力の形成面で大きく影響を与える(Avramidis&Norwich, 2002)とされているためである。

ブータンや日本を含め、今世界では、SDGs(持続可能な開発目標)「包括的かつ公平で質の高い教育の提供」が掲げられ、「誰一人置き去りにしない」教育の実現が目指されている。折しもブータンでは2019年「障がいのある人に対する国家政策」が発表され、インクルーシブ教育の総合的な施策は緒に就いたばかりである。本発表ではこうした大きな時代の変化を踏まえつつ、現場の教員の視点から両国のインクルーシブ教育の可能性を探る。

【発表要旨②】「ブータン社会における役割期待とジレンマ ―国家公務員における相対的略奪に着目した民主化前後の比較考察―」平山 修一(放送大学)

個人のありようからその対人関係および社会的関係の形態まで、人間に対する関りを中心に研究する人類学的分野を社会人類学ととらえる場合、実務者による特定の職能集団に対する参与観察は、一定の学術的意味を成すと考えられよう。

ブータンは2008年の民主的な選挙による議会制民主主義への移行と成文憲法の導入により、現在までに現体制下で3度の議会選挙を経験した。議会政治の浸透は今までの声なきブータン国民の意識を変え、より国民目線の政策が重視され、民意が反映される政治体制への移行は概ね定着しつつあると言える状況下にある。

ブータンにおける民主化は「上から」与えられたものである。今まで国王に依存してきた国の運営を一般国民が政権与党を選択することによって、そのかじ取りを担うこととなり、村社会の意識で暮らしてきた多くの国民の意識は変容しつつあると考えられる。

民主化以前のブータンでは国家公務員の地位はその権力に直接結びついていた。それは国家公務員が「王の僕」であり、爵位(ダショ―)を受けたものは「王の代弁人」であり、ブータン社会は古き良き伝統の名のもとに国家公務員やダショ―に対してその役割を期待(role-expectation)している側面もあった。

民主化後の現在においても国民から国家公務員に注がれる視線には「特別な権力を持った人」もしくは「特別な権力を持つことが出来る人」との意識が少なからず感じられる。しかし民主化の促進に於いて多くの公務員は特別な人ではなくなりつつあるのが現状である。

社会心理学者のW. G.ランシマンは人が次の条件を満たしている時に、相対的剥奪が生じると提唱した。

1. AはXを持っていない
2. Aは他者がXを持っていると見なしている(実際には他者が持っていないこともある)
3. AはXを欲しがっている
4. AはXを持つことができると思っている

ランシマンによれば、Aは社会的な集団もしくは目的を共有するグループを対象とし、Xはモノ、もしくは地位、またはそれに相当する概念がそこに該当するとしている。

そこでブータンの民主化前後の社会の変化を分析する手段として、Aをブータンの国家公務員、Xを権力と置き換えてみることで、現在の国家公務員の置かれている立場やその個人の内面的ジレンマを構造的に理解する足掛かりとなると考えている。

本研究はこのランシマンの視点に於いて、社会が求める役割とその当事者が置かれている実際の立場とのギャップを分析することにより特定のグループの中でどのような相対的剥奪が起こっているのか、それを代表的な参与観察事例から観ることによって民主化前後のブータン社会の変化を知る足掛かりとしたい。

【発表要旨③】「『イエティ』概念再考 ―ブータン東部、ツァンラの事例から―」石内 良季(京都大学大学院)

本発表では、ヒマーラヤ地域におけるローカルな概念としての「イエティ」を、ブータン王国(以下、ブータンとする)東部のツァンラ社会を対象に、さらにローカルな実践と解釈を通して検討する。「イエティ」という存在が西欧を中心に神秘化され、ヒマーラヤ地域に棲むとされる「未確認生物」として語られてきたことは、数多く出版されている登山家やジャーナリストの探検記、映像作品等からも十分に窺われる。そうして築き上げられてきた「巨大で白い体毛に覆われた二足歩行の霊長類のような姿をした恐ろしい生き物」という外から見た「イエティ」のイメージは、キャラクター化・マスコット化などを通して老若男女問わず、今日、世界中の人々に広く膾炙している。しかし、ヒマーラヤ地域のシンボルとして語られる「イエティ」像と、実際にヒマーラヤ地域の人々が思い描くそれとの間には大きな隔たりがあるほか、現地の人々の間でも様々に異なる形で説明されるのである。この現象をどのように説明することができるだろうか。

本発表が試みるのは、ヒマーラヤ地域における「イエティ」そのものの把握であって、西欧を中心としたヒマーラヤ地域外で語られる「イエティ」を探求するものではない。もっとも、後述するように、ヒマーラヤ地域といっても時代や場所によって「イエティ」は異なる呼称・様相を伴って語られる。そのため出発点として、ヒマーラヤ地域にみられる「イエティ」に似た存在すべてを「イエティ」と括ってしまってよいのか、という問いを投げかける必要があるだろう。本発表の対象とするブータン東部のグレットム(gretmu)とミルゴン(mirgon)もまた、「イエティ」という名の下に包摂される存在であるが、それらをめぐる人々の語りには、従来のヒマーラヤ地域研究における「イエティ」理解に収まらない多様な実践や理解のあり方が観察される。本発表では、そうした個別多様に現れるグレットム/ミルゴン理解のあり方を記述・分析し、ヒマーラヤ地域を理解するうえで「イエティ」概念の持つ可能性を提示することを目的とする。

本発表では、発表者がブータン東部タシガン県ウゾロン郡M村とG村, およびその周辺村落において2019年12月から2020年1月にかけて集中的に行った参与観察と聞き取り調査によって得られたデータを基に、これまで記録・報告されてこなかった「イエティ」をめぐる語りの事例を資料的に提示する。そのうえで「イエティ」概念の再考を図り、今後の「イエティ」研究の展望を示したい。

【発表要旨④】「GNH指標群の構成にかんする発展過程について」山下 修平(GNH研究所)

GNH指標は、その運用実績にかんがみて「開発五か年計画(Five Years Plan)」、および「政策スクリーニングツール(Policy Screening Tool)」とともに、GNH政策システムを構成する主要なコンポーネントの一つに位置づけられる。また、システム全体のPDCAサイクルの中では、Plan (計画・立案), Check (評価) , Action (見直し) の三ステップに活用されている。

このようなGNH指標の有用性を明らかにするためには、指標の目的、構成、および計測結果などを総合的に、かつこれらの変遷と発展過程を体系的に整理・考察することが一つの基礎研究として役立つだろう。本発表は、これらのうちGNH指標群の構成とその発展過程を、2006-07年の予備調査から2015年の第三回GNH調査までを対象に、既往研究およびブータン政府の公表資料を解読・整理し、多変量解析(主成分分析、コレスポンデンス分析)などの手法を用いて考察する。その際、指標の発展過程がGNHの理念や他のコンポーネントと連動しながらシステム全体の進展へどのように貢献しているかという軸で評価する。(なお、本発表でいうGNH指標とは、GNH調査で用いられている全指標の中でいわゆる “GNH指数” の算出根拠となっている指標のみを指している。)

発表の第一部では、まず2015年GNH指標そのものの内容・構成を概観するとともに、2006-07年の予備調査から計四回おこなわれたGNH調査の基本情報を理解する。そのうえで、調査と連動して四つのバージョンがあった指標群の発展過程を、GNH四本の柱ごと(①持続可能で公平な社会経済開発、②文化の保全および促進、③環境の保護および持続可能な利用・管理、④良い統治の促進)、ならびに九つの領域ごと(1-生活水準、2-身体の健康、3-教育、4-生態的多様性と活力、5-文化の多様性と活力、6-時間の使い方、7-心理的幸福、8-コミュニティの活力、9-良い統治)に、三つの方法で整理・考察する。第一に、基本データとしての指標数の増減、順位、割合にもとづく分析、第二に、指標数の主成分分析、第三に、指標数のコレスポンデンス分析、をおこなう。第一部のまとめとして、三つの分析結果を総括し、さらにブータン国家が重視する基本的な価値(理念)に基づく意味づけをおこなう。

第二部では、拙著論文「ブータン王国におけるGNH政策システムの発展過程および今後の方向性に関する研究」の成果にもとづいて、まず第一部の結果をふくむ総合的かつ体系的な「GNH指標の発展過程」を紹介する。加えて、システム全体の中で指標を具体的にどう生かそうとしているかの例として、開発五か年計画におけるGNH指標の活用度にかんする進展状況を示す。