日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

第6回日本ブータン研究会を開催

日本ブータン研究所 須藤 伸

5月29日(日)、早稲田大学にて「第6回日本ブータン研究会」が開催された。この研究会は、ブータンをフィールドにしている研究者や大学院生が日頃の研究の成果を披露し、意見交換を行う場として、日本ブータン研究所が毎年開催している。今年で6回目を迎えた今年の研究会は、日本政府及びブータン政府にて認定する日・ブータン外交関係樹立記念30周年記念事業として実施された。

今年も3人の研究者に発表いただき、ブータンを捉える視点も多様で内容の濃い研究会となった。研究会当日は28名の方にご参加いただき、活発な質疑応答が行われた。

発表タイトルと発表者は以下のとおり。

発表① 「ブータンのシングル女性に関する文化人類学的研究の可能性―信仰心を理由とした非婚女性に着目して―」
川村 楓子(東北大学大学院文学研究科博士前期課程)

発表② 「東ブータンの土着信仰―女神アマ・ジョモの場合―」
渡邉 美穂子(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程)

発表③ 「ブータン文化におけるあそび歌「ツァンモtsangmo」の位置づけ」
黒田 清子(東京福祉大学国際交流センター特任講師)

それぞれの発表を簡単に紹介する。

川村さんによる「ブータンのシングル女性に関する文化人類学的研究の可能性―信仰心を理由とした非婚女性に着目して―」では、ブータンにおける未婚・非婚女性の経済的基盤・生活基盤、家族や親族との関係性、社会における位置付けに着目し、彼女たちが未婚・非婚に自らとどまろうとすることの意味に関して発表された。冒頭、人類学におけるシングル女性の扱いと社会的な位置付けや、ブータンにおける伝統的な結婚慣行として、交叉イトコ婚、一夫多妻婚、一妻多夫婚等を紹介。ティンプー、パロ、ワンデュ・ポダンにおいて実施されたフィールドワークの結果、(1)シングル女性の多くは、公務員や看護師等の職に就いており、経済的基盤を確立している女性が多かった。(2)生家に留まり家族と暮らしているシングル女性は、世帯の中心として家庭を取り仕切っている様子が見られた。(3)非婚の理由を仏教への信仰心によって説明している女性が存在したが、周囲の人々へのヒアリングでは必ずしもこのような語りを補強する意見に限られなかった。ブータンにおける女性の出家に関し、チベット仏教では教義上、女性が出家することが可能であるが、尼僧院の数が少ないことや母系社会により娘が家に留まることを望む可能性が高いことが考えられる。これらにより、出家は女性が容易に取りうる選択肢ではなく、生きづらい立場を少しでも居心地の良いものにしようとした結果、信仰心により自らの境遇を正当化しようとする語りにつながった可能性がある。質疑応答では、現在のブータン社会で一夫一妻が好まれるようになった要因に関する質問や調査結果を歴史軸や地理軸で整理することで研究に一層の深みが増すのではないかという指摘がなされた。

渡邉さんによる「東ブータンの土着信仰―女神アマ・ジョモの場合―」では、東ブータンにおいて広範囲に信仰の対象とされ、伝承されてきた女神アマ・ジョモに焦点を当て、聞き取りとそれに関連する儀式に参加した結果が発表された。ラディ、カリン及びチャリンにおける調査の結果、昔からの土地神が後から来たアマ・ジョモと戦う、あるいは手を組むというストーリーが多く残されており、ラディでは伝承がアマ・ジョモ信仰を今に伝える主な手段であるのに対し、カリンではジョモ・セカやダンリン・セカなどの儀式を行う実践が信仰をつたえる手段となっている点、また、チャリンでは、アマ・ジョモがチベットから持って来た経典が残り、伝承における時代設定がラディやカリンに比べてはっきりしているという特徴が明らかにされた。同時に、アマ・ジョモの信仰はタシガン全域または、それ以上広域的に伝播し、伝承されるストーリーはバラエティーに富んでいることや儀式を怠ると災いが降りかかると信じられている点につき、自身の現地滞在の経験も踏まえ報告された。質疑応答では、土着信仰として語られるアマ・ジョモと仏教の関係性や語りの録画や音韻としての記録方法に関して意見交換が行われた。

黒田先生による「ブータン文化におけるあそび歌「ツァンモtsangmo」の位置づけ」では、2011年から行われてきた現地調査における発見や変化等が時系列で発表された。調査の結果、ツァンモは、6音節4行詩の全24音節から成る詩が、一定の旋律にのせて歌われるものであり、歌により2グループで対決したり、互いの相性を占ったりするあそび歌であると定義できることや旋律や歌詞にはいくつかの共通したパターンがあること、メラ村ではカプシューというツァンモに類似したあそび歌があること等が明らかにされた。また、ツァンモはもともと子どもたちが放牧の時に歌われていたが、子どもが学校へ通うなど生活形態の急速な変化により歌われる機会が失われつつある一方で、現在では学校におけるゾンカの授業やツァンモ大会の他、視聴者参加型のラジオ番組等、新たな伝承形態で伝えられるようになってきている。質疑応答では、ツァンモが伝播したルートや学校におけるツァンモ教育に関して質問が行われた。

研究会後には、懇親会が開催され、研究会の時間だけでは聞くことのできなかった質問について、ざっくばらんな雰囲気の中で研究者との意見を交わす場になった。

これまで毎年続けてきた研究会も今年で6回目を迎え、これまで本研究会を支えていただいた日本ブータン友好協会をはじめ、多くの関係者の方々に感謝したい。特に、今回の研究会では、主に文化人類学分野の発表がなされ、関連する分野に知識を有する方々に参加いただいたことにより、これまで以上に一層踏み込んだ議論が展開できたと感じている。

今年は、日・ブータンの二国間関係においても外交関係樹立30周年という記念すべき年に当たる。日本ブータン研究所としても、学術的な面からのブータンの理解促進を通じ、日・ブータン間の関係向上に貢献していきたい。同時に、今後も、日本におけるブータン研究の発展と研究者同士のネットワーク作りという本研究会の趣旨を踏まえ、活動を続けていきたいと考えている。

※なお、上記の各発表概要は、発表者による確認を経たものではなく、執筆者及び日本ブータン研究所の責任のもと報告しているものである点につき、ご理解・ご了承をお願いいたします。

※日本ブータン友好協会『日本ブータン友好協会会報 ブータン』第131号、3-4頁より転載。