日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

第3回日本ブータン研究会を開催

日本ブータン研究会事務局 須藤 伸

5月12日(日)、早稲田大学にて「第3回日本ブータン研究会」が開催された。この研究会は、ブータンをフィールドにしている研究者や大学院生が日頃の研究の成果を披露し、意見交換を行う場を目指して毎年開催されている。私と平山雄大(共に日本ブータン友好協会及びGNH研究所会員)が中心になって企画しており、今年で3回目を迎えた。

今年は分野の異なる3組の研究者が発表し、ブータンを捉える視点も多様で内容の濃い研究会となった。また、多くの参加者があった昨年の経験を踏まえ、会場を早稲田大学の講義室に移し、収容人数を拡大しての開催となった。昨年を上回る58名の方にご参加いただき、その関心の高さに主催者としても非常にうれしく感じている。また、回を重ねるにつれて、ブータンを熟知した参加者が多く集まるようになり、結果、今回のような活発で専門性の高い議論が行われるまでになった。

発表タイトルと発表者は以下の通りである。

発表① 「ブータンヒマラヤの氷河・氷河湖とその周辺」
小森 次郎(帝京平成大学現代ライフ学部講師)

発表② 「ブータン仏教の歴史的展開」
熊谷 誠慈(京都大学こころの未来研究センター准教授)

発表③ 「中ブ国境交渉を軸にしたブータン国境画定問題の経緯」
高橋 洋(日本ブータン友好協会幹事/『地球の歩き方』ブータン執筆)

それぞれの発表を簡単に紹介する。

小森さんによる「ヒマラヤの氷河・氷河湖とその周辺」では、名古屋大学ほか日本の研究機関とブータン政府が共同で進めている研究プロジェクト「ブータンヒマラヤにおける氷河湖決壊洪水に関する研究」の概要と結果が報告された。ブータン政府の発表によると、決壊の恐れのある氷河湖は25か所存在するとされているものの、その根拠が明示されていなかった。しかし、調査の結果、決壊する危険性の高い氷河湖は2か所程度であり、今後も継続して観測していく必要があるものの、大部分の氷河湖について過大な警戒は不要であることが明らかにされた。また、ブータン政府や現地メディアの発言によれば、氷河湖決壊洪水の頻度は近年上昇しているといわれているが、衛星写真の分析結果、そのほとんどが1970年代以前に発生しており、決して頻度が高まっているとは言えないことが指摘された。その他、ブータン人スタッフとのフィールドワークの経験も紹介し、参加者の興味をひいていた。

熊谷さんによる「ブータン仏教の歴史的展開」では、ブータンにおける仏教の歴史と共に、王立ブータン研究所(Centre for Bhutan Studies)や王立ブータン大学(Royal University of Bhutan)と共同で行われている京都大学の「ブータン研究プロジェクト」及びその一環として進められている「ブータン仏教研究プロジェクト」が紹介された。ブータンにおける少数宗派であるサキャ派に関する発表では、現存するパンユル寺、シャワ寺、チシン寺というサキャ派とされる3つの寺院を示し、現地でのヒアリングや歴史書研究を通じて得た成果が報告された。フィールド調査の結果、これらのサキャ派とされる寺院には、外観上際立った特徴はなく、ドゥク派寺院とほとんど見分けがつかないこと、また、その周辺に住む人々も多くがドゥク派を信仰していることなどが明らかにされた。特にサキャ派の研究は参加者からの関心が高く、細部にわたり活発な質疑応答が繰り広げられた。

高橋さんによる「中ブ国境交渉を軸にしたブータン国境画定問題の経緯」では、ブータンで公式に発行された地図は、いずれもブータン・中国間の国境線が微妙に異なり、ブータンにおける最高峰でさえ資料や年代によって記載が統一されていないことなどの問題点が指摘された。研究ではブータンの国会議事録を中心とした資料をレビューし、その問題の経緯を追った。考察として、紛争地域の争点になるのは、道であって土地ではないこと等の報告がされた。

研究会の最後に、日本ブータン友好協会副会長の森靖之氏より、以下の3点についてコメントをいただいた。

(1)ブータンでは政府が公表するデータや図表さえ、正確ではないことも多数あり、研究にあたっては、根拠となる基礎資料に当たることが極めて重要。
(2)ブータン国王及び王妃の来日をきっかけに、日本でもブータンに関する本が多数出版され、適切な知識を得るには資料や情報の選択が必要になっている。その点、本研究会のような専門家からの視点は、ブータンを学ぶうえで非常に有効。
(3)本研究会は今年で三度目を迎え、着実に成果をあげている一方、発表者及び参加者の中に若手が少ないように感じる。ブータンを研究する新たな若手と大学院生の発掘も本研究会の趣旨の一つと考え、事務局にはブータン研究の発展に向けてより一層取り組んでほしい。

研究会後には、会場付近のインド・ネパール料理店Dharma(ダルマ)にて懇親会が開催された。懇親会では、研究会の時間だけでは聞くことのできなかった質問について、ざっくばらんな雰囲気の中、研究者との意見を交わす場になった。話は尽きず、有志で二次会まで開催され、夜更けまでブータン談義に花を咲かせた。

今回の研究会を通じて、我々主催者が意図しているようなブータン研究者同士のネットワーク作りの場になりつつあると実感する一方で、森さんからの指摘にもあったように、運営にあたり新たな課題を認識する研究会であった。この度の反省を活かし、日本におけるブータン研究の発展に多少なりとも寄与できるような研究発表会を引き続き開催していくと同時に、新たな会の発展に向けた道も同時に探っていきたいと考えている。

※日本ブータン友好協会『日本ブータン友好協会会報 ブータン』第119号、3-4頁より転載。