日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

海士とブータンと私(前編)

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター講師 平山雄大

ここ数年、相互交流が加速している海士(あま)町とブータンの話を取り上げたいと思います。

海士は中ノ島―日本海に浮かぶ隠岐諸島の島のひとつ―に位置する人口2,300人ほどの小さな町で、島根県松江市の七類港もしくは鳥取県境港市の境港からフェリーで約3時間行ったところにあります。かつては流罪(島流し)の地でもあり、小野妹子の子孫で遣唐副使だった小野篁や承久の乱で敗北した後鳥羽上皇が配流されたことでも知られています。

「島の滅亡の危機」と例えられた超過疎化・超少子高齢化・超財政悪化が進む中、2002年5月から2018年5月まで16年間町長を務められた山内道雄氏のもとで身を切る行財政改革、攻めの産業・雇用創出政策等が遂行され、現在は「地方創生のトップランナー」「挑戦し続ける町」「最強の離島」としてメディアに取り上げられることも多いです。早稲田にも、「海士の挑戦事例から学ぶ地域創生1、2」という国内実習科目があります。

フェリーで片道約3時間。

周囲にあるのが「海」か「山」かの違いはありますが、田園や坂が多い、道路脇にたくさんの牛が目につく、信号機がない…等、海士とブータンにはどこか似た風景が広がっています。隔絶された立地条件やそれに付随する周囲との関係性、信頼されるリーダーの存在等も共通していそうです。また、海士にはコンビニも映画館もラーメン屋さんもありませんが、「なくてよい」と「大事なものはすべてここにある」という2つの意味が込められた『ないものはない』という、ある種開き直りのキャッチコピーを打ち出して島のブランド化に着手している点も、ないものはないゆえに『GNH(Gross National Happiness、国民総幸福)』※1という開発哲学を編み出したブータンと相通じるところがあります。

いろいろなところで見かける『ないものはない』ポスター。

私と海士の繋がりは、2015年1月に早稲田で開催した早稲田大学教育・総合科学学術院教育会主催「第1回ブータン教育講座」(第27回ブータン勉強会※2)に、海士にある島根県立隠岐島前高等学校の魅力化事業を立ち上げられた岩本悠さん(島根県教育魅力化特命官/一般社団法人地域・教育魅力化プラットフォーム共同代表)が参加してくださったことに端を発します。勉強会終了後に悠さんから「一度ブータンに連れて行ってください!」と言われ、同年12月に10日ほどかけて一緒に北部のガサ県まで行きました。

その縁から2016年3月に島前高校でブータンのお話をさせていただき※3(これが私の初めての海士訪問でした)、そのまま、同校が採択されたスーパーグローバルハイスクール事業※4『離島発 グローバルな地域創生を実現する「グローカル人材」の育成』の枠組みの中で開始されることになる、ブータンを舞台にした探究プログラムに関わらせていただくことになりました。

12月のガサ。

ガサに行く途中、ウゲンさん一家と悠さん(左端)。

生徒たちは4月からチーム(高倍率の選考を勝ち抜いた4人)内で話し合いを続け、「文化の継承」や「家族の在りかた」といった全体の探究テーマを定めた後、国内での調査研究を踏まえて7~8月にブータンへと向かいます。私は彼らのブータン渡航のプログラム作りや各種調整を担当し実際に同行していますが、ほとんどの生徒が初海外で中には「初めて飛行機に乗る!」という子もいる中、彼らの素朴な感想、新鮮な驚き、そして鋭い視点を毎回楽しみながらサポートをしています。

2016年と2017年は全7~8日間の日程で西部を、2018年には全9日間の日程で東部を訪問しました。現地でのプログラムは学校での交流、アンケート調査、ホームステイ(生徒からのリクエストで、滞在中ほぼ毎日ホームステイをしていた年も!)、また各年の探究テーマに沿った活動が主ですが、東部を訪問した際はインドのアッサム州から遊牧民族が暮らすタシガン県のメラまで陸路で往復し、ブータン国内の多様性や隣国との関係性の一端に触れることができました。(後編に続く)

学校での交流@ティンプー(2016年)。

学校での交流@プナカ(2017年)。

アンケート調査@ティンプー(2017年)。

アンケート調査@ティンプー(2017年)。

海士や島前地域に関するプレゼン@メラ(2018年)。

ホームステイ先の皆さんとの記念写真@メラ(2018年)。

※1 GNHという考えがブータンで生まれた背景に関しては、平山雄大(2018)「GNHの誕生」(『地球の歩き方』編集室編『地球の歩き方D31 ブータン 2018~2019年版』ダイヤモンド社)287頁に詳しいです。
※2 http://www.bhutanstudies.net/workshop/27th/
※3 http://www.dozen.ed.jp/sgh/2015/0305-1451.php
※4 http://www.sghc.jp/

WAVOCブータンコラム「平山雄大のブータンつれづれ(第21回)」より転載。
https://www.waseda.jp/inst/wavoc/news/2018/11/05/3816/