日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

NEW!日本ブータン学会第2回大会

※2017年からは、これまで日本ブータン研究所が主催していた日本ブータン研究会を発展させるかたちで、日本ブータン学会の研究大会が開催されています。

2018年5月19日(土)、京都大学にて、日本ブータン学会第2回大会が開催されました。

概要

1. 大会日程

2018年5月19日(土) 10:00~17:00

2. 大会会場

京都大学 稲盛財団記念館 3階大会議室
〒606-8501 京都府京都市左京区吉田下阿達町46

3. 大会プログラム

10:00~10:15  開会挨拶
10:15~11:15  基調講演
         「ブータンへの医療支援における京都大学病院の取り組み」
         岡島 英明 准教授(京都大学大学院医学研究科/
         京大病院ブータン医療派遣団第1次隊(長期))

11:15~11:30  休憩

11:30~12:00  発表①
         「ゾンカ語における音素の出現頻度について」
         西田 文信(東北大学)

12:00~12:30  発表②
         「ブータン伝統農村集落における景観実態調査」
         吉村 晶子(千葉工業大学)

12:30~13:30  休憩

13:30~14:00  発表③
         「ブータン南部マナス地域における自然保護活動
         ―ロイヤル・マナス国立公園と周辺域のユニークな生物多様性―」
         岡安 直比((公財)日本モンキーセンター)

14:00~14:30  発表④
         「ブータン村落社会内における格差」
         上田 晶子(名古屋大学)

14:30~14:45  休憩

14:45~15:15  発表⑤
         「アジ・ケサンのイギリス留学を巡る基礎的文献研究」
         平山 雄大(早稲田大学)

15:15~15:45  発表⑥
         「多言語国家ブータン王国における学校教育と言語」
         佐藤 美奈子(京都大学大学院)

16:00~17:00  総会

4. 大会参加者

62名

5. 懇親会

京都大学楽友会館 18:00~
〒606-8316 京都府京都市左京区吉田二本松町

2017年5月21日(日) 
参加者 31名

発表要旨

【発表要旨①】「ゾンカ語における音素の出現頻度について」西田 文信(東北大学)

本発表では、ゾンカ語における音素構造の機能負担量の観点から、音素の出現頻度についての調査結果を報告する。

言語音の機能負担量(functional load, functional burden, functional yeild)とはある音韻特徴がもつ弁別機能の高さのことであり、多くの弁別に関与しているほど機能負担量が高いと見做される。機能負担量の研究は、1920年代に音声機能の体系性を記述することを最大の使命としたプラーグ学派のマテジウス(Vilém Mathesius)が提唱した概念である。1950年代にはホケット(Charles Francis Hockett)が音素体系の記述における機能負担量の重要性を主張した。同時期にグリーンバーグ(Joseph Harold Greenberg)は、音素とその他の音韻要素の相関関係について論じた。通時的音韻変化に機能負担量が関与していると見做されることが多いが、マルティネ(André Martinet)はこの考え方に懐疑的である

発表者はブータン王国の公用語であるゾンカ語を、日本語と対照して学習・研究するためのゾンカ語辞典の編纂を目的としたデータベースを作成中である。効果的なゾンカ語辞書の様式の考案を目指し、従来の辞書に含まれていた見出し語、品詞分類、語義、例文、イディオム等の辞書情報に加えてどのような情報を盛り込むべきかを、ゾンカ語例文データベースのデータの分析、及び他の諸言語の辞書の様式の吟味に基づいて検討している。音声情報の分析を行っている際に、音素の出現頻度と音節構造に相関関係がみられることに気付かされた。

本発表は、ゾンカ語の音素分布及び音素配列の定量的特徴に注目してゾンカ語の音韻の捉えることを目的としている。筆者の収集になるデータベースの見出し語やテキスト類を調査対象として、品詞別、語種別の音素分布及び音素配列を調べることによってその音韻的特徴を提示する。

今回の調査結果で明らかになったことは、語頭の位置には軟口蓋音のように調音点が奥にある子音及び調音点が低い母音が、語末の位置には歯茎音の子音の出現率が高い、ということである。音素は統一性と平衡性を保った体系を成すとする構造主義的音韻論の主張とは異なる結果が得られた。これらがゾンカ語特有の特徴であるがそれとも世界の諸言語の普遍的にみられる傾向かどうかについても論じる。

【参考文献】

  • Flemming, Edward. 2001. Scalar and Categorical Phenomena in a Unified Model of Phonetics and Phonology. Phonology. 18:7-44.
  • Greenberg, H. Joseph. 1959. A method of measuring functional yield as applid to tonein African languages. Georgetown University Monograph Series on Languages and Linguistics. 12:7-16.
  • Hockett, F. Charles. 1967. The Quantification of Functional Load. Word. 23:301-320.
  • Reetz, Henning and Allard Jongman. 2009. Phonetics: Transcription, Production, Acoustics, and Perception. West Sussex: Wiley-Blackwell.
  • Schendl, Herbert. 2001. Historical Linguistics. Oxford: OUP.
【発表要旨②】「ブータン伝統農村集落における景観実態調査」吉村 晶子(千葉工業大学)

はじめに
ブータン王国政府公共事業省人間居住局は、都市・地域における開発や規制等に携わっており、都市部および地方部各集落の将来計画の立案と運用を重要な役割のひとつとしている。計画や各種施策の立案においては、必要な基礎調査を行ない、それに基づき組み立てることが求められる。本報では我々が協力してきた集落景観基礎調査の概要、特色、成果と展望について報告する。

概要
基礎調査への協力は、千葉工業大学ブータン伝統住居集落実測調査団として実施している。教職員・非常勤講師、学生、および実務技術者・研究者など外部専門家が参加し総勢15〜30人であり自費参加を基本としている。2009〜2013年の第1〜4次調査は建築単位の実測調査が主であったが、2014〜2017年の第5〜7次調査で集落全体に調査範囲を広げ、ブータン伝統集落に特性に即した視点から、景観基礎調査として必要な項目の特定、調査実施、成果のとりまとめ方・活かし方を模索している。

特色
第5〜7次調査は学際的な調査体制が特色である。測量技術者、造園技術者・植物専門家、土木技術者・景観研究者、建築家・公共空間デザイナーが参加し、また研究者・実務家の双方が参画していることが特色である。調査枠組みとして、地形、土壌・植生、土地利用、空間構成、建築、空間-社会構造のレイヤーを想定し、各調査班が担当する。現地に同行する2〜7人の公共事業省人間居住局職員が各調査班に1〜2名ずつ入り、協働して調査を行なっている。第5〜7次調査の対象地はパロ、シェムガン、チュカの伝統集落で、調査日数は4日前後である。

成果
地形調査ではUAV(Unmanned Aerial Vehicle: 無人航空機)撮影による空中写真から三次元色付点群の生成、オルソフォト、地形図、DSMなど生成している。土壌調査は数地点でコアサンプルを抜き取り、土壌各断面の厚さ、土性、色、土壌酸度(pH)、電気伝導度(EC: Electric Conductivity)を把握、植生・植栽については、自然植生の観察と集落居住区内に植栽された中高木の悉皆調査を実施し、各回150〜200本の中高木の樹種(学名)の特定、樹高(H)、葉張り(W)、幹回り(C)、位置、ならびに主な用途を把握している。農地については分布と地名、傾斜、水みち等の把握、調査時点での栽培作物の把握のほか、肥料・農具・農法等および生産組織(ラコなど共同農作業体)を調査している。空間構成調査では空間構成原理を、建築実測調査では住居の間取りと寸法を、また空間-社会構造については調査断面を設定し空間構成要素を悉皆的に把握したのち丹念なヒアリングにより調査している。

展望
第7次までの蓄積により、調査のフォーマットをかなり明確化できつつある。各専門分野からみても充実した調査成果を得られており、ブータン政府から高精度かつ包括的な調査であると評価されている。今後は、空間-社会構造調査における時系列でのデータ採取、レイヤー間の関係の把握・提示などにより各レイヤーの調査成果を串刺しにして各集落の文化的景観の特徴をとらえることができるのではないかと考えている。そのための議論・検討を深め、手法を確立し、より活用できる成果の形としていきたい。

【発表要旨③】「ブータン南部マナス地域における自然保護活動―ロイヤル・マナス国立公園と周辺域のユニークな生物多様性―」岡安 直比((公財)日本モンキーセンター)

ロイヤル・マナス北部の標高7,000メートルから南部150メートルまで多様な景観を持つブータンは、国土の半分以上に保護の網がかけられ、自然環境の健全性が「国民総幸福度」の指標のひとつになっている、自然保護の先進国である。東ヒマラヤ地域は、広大な森林が覆う生物多様性のホットスポットとして知られるが、ブータンはその中心に位置する重要な国である(下図)。また、このヒマラヤ南麓の森林は、インドやバングラディッシュといった人口密集地帯の水がめとして、加速する気候変動への対策上も保全の重要性が増している。

中でも南部のインド国境沿いには、手つかずの亜熱帯性森林が広がり、ベンガルトラやアジアゾウなど多様な大型動物が分布している。中心にあるロイヤル・マナス国立公園は東京都の1/2ほどの面積で、58種の哺乳類、430種の鳥類、900種を超える植物が確認され、特徴的なのは8種ものネコ科動物が生息していることである。公園内には人が居住できる区域も指定され、人口約10,000人、家畜が約6,000頭暮らす。農業や酪農がおもな生計手段で、野生動物との共存も課題となっている。

他方、インド側では人口爆発に伴う開発が進み、国境を越えて密猟や違法伐採を行うケースも増加。WWF(世界自然保護基金)など内外の自然保護団体はブータンとインド政府に働きかけ、10ヵ所の国立公園や野生生物保護区などを緑の回廊で繋ぎ、ひとつの大きな保護区にする試みに着手した。「TraMCA(下図;Transboundary Manas Conservation Area=マナス多国間保護地域)」は、ブータンからインドを通り、大河ブラマプトラ川へ注ぐマナス川を中心に展開している。ブータン側には3つの保護区が点在し、間を繋ぐ緑の回廊の指定地域の検討が終了している。今後、保全地域の実態を把握し、開発と両立させる長期管理計画が進められる予定である。

TraMCAに含まれるブータン南部は人口も少なく、他地域に比べ開発が遅れている。自然環境と地域コミュニティの共存を実現する持続可能な開発、特に若者の就業支援に繋がる経済発展を実現する必要がある。その選択肢として、野生動物を対象にしたエコツーリズム振興が計画されている。しかし実際には、2003年までアッサム州の民族紛争が原因でほとんど保全策が実行できない状態が続いた。その後もゲリラの侵入などが繰り返され、本格的に生物多様性基礎調査とモニタリングが継続できるようになったのは2012年になってからである。現在、トラを初めとするネコ科動物の個体数と分布域の継続調査や、ゾウなどの大型草食動物の個体数と分布域調査が行われているが、本発表ではそのTraMCAの野生動物の現状を、中間報告として紹介する。

【発表要旨④】「ブータン村落社会内における格差」上田 晶子(名古屋大学)

ブータン国内の経済格差の状況については、ブータン政府によるPoverty Analysis ReportBhutan Living Standard Surveyなどが主な情報源となっている。これらのレポートは、それぞれの時点における経済格差の状況についての貴重なデータを提供している。一方で、そのデータは、多くの場合、ゾンカックやギョークごとの比較であり、ギョーク内(あるいは、チオク内)における経済格差の状況については、多くを語ってはいない。また、村落社会の内部において、経済格差がどのように創出されているのかというプロセスについても、詳細に説明するものではない。

本発表は、ブータン西部のプナカ・ゾンカックやウォンディ・フォダン・ゾンカックをケーススタディとし、村落社会内部の経済格差の詳細について検討しようとするものである。本発表では、第一に、村落内において、経済格差の生まれる歴史的背景を明らかにする。歴史的背景は、それぞれの村落に固有のものであり、ブータン全体に一般化できるものではないが、本発表で取り上げるケースと類似の事例は、他にもあることが示唆されている。第二に、現状の分析として、「富める者はなぜ富めるのか、貧しき者はなぜ貧しいのか」という問いに答えるフィールドからの情報を検討する。本研究は、特に土地や労働力といった資源をどのように利用しているかに注目し、上記の問いに答えようとするものである。

開発学の文脈では、貧しきものがなぜ貧しいのかという問いには、積極的に研究や報告がなされてきたが、富める者がなぜ富めるのかという問いは、それほど多くの答えが提示されていない。本発表は、経済的に恵まれている世帯と、それほど恵まれてはいない世帯の比較を通じて、村落内格差の現状の理解に貢献しようとするものである。また、開発の実践の分野では、貧困削減へのとりくみとして、新たな収入源を作り出すことによる収入の増加をめざす取り組みがなされるが、本研究は、フィールドからのデータは、各々の世帯の資源をどのように有効に利用できるかを考えること、また、それらの資源の利用に現在障害となっているものは何かを検討することが、格差の是正に有効であることを示唆するものである。

【発表要旨⑤】「アジ・ケサンのイギリス留学を巡る基礎的文献研究」平山 雄大(早稲田大学)

1957年11月9日(土)東京駅発の特急列車(おそらく「つばめ」、当時東京=大阪間片道7時間30分)内において、ドクター・カボーを連れた第3代国王妃ケサン・チョデン・ワンチュク(以下アジ・ケサン)は食堂車で偶然フランス人哲学者・劇作家ガブリエル・マルセルと鉢合わせ、「ガブリエル・マルセル先生じゃありませんか。私は数年前に、オックスフォードで、先生の講義を伺いました。」と、食事をしながら話を弾ませた。

また、アジ・ケサンの留学時代の「ご学友」としてよく知られている者に、アメリカ人企業家バート・トッドがいる。オックスフォード大学留学中の1948年にアジ・ケサンと知り合ったバート・トッドは、1951年の皇太子ジグメ・ドルジ・ワンチュク(後の第3代国王)とアジ・ケサンの結婚式に賓客として招かれ、そのときのブータン紀行を、当時の同国の場景を切り取った貴重なカラー写真とともに『ナショナルジオグラフィック』誌に発表した。

アジ・ケサンは「西欧に留学した初めてのブータン人」と語り継がれて久しい。しかしながらその歴史的意義とは裏腹に、彼女のイギリス留学はこれまで先行研究ではほとんど取り上げられてこず、「いつどこに留学したのか」、「留学先で何をしていたのか」、「なぜ留学したのか」といった基本情報すら共通の見解が存在しない。そこで本発表は、彼女のイギリス留学を巡る諸相(背景・実情・意義等)に関して、ロンドンの英連邦関係省(Commonwealth Relations Office)やブリティッシュ・カウンシル(British Council)、ニューデリーやカルカッタの高等弁務官事務所(Office of the High Commissioner for the United Kingdom)がやり取りした書簡、電報等をはじめとした一次資料の分析を通して明らかにすることを目的とする。

「ブータン人」の近代学校への留学は、1914年頃に国内から選抜された男子がインドのカリンポンに位置するSUMI(Scottish Universities’ Mission Institution)で学びはじめたものが発端である。彼らに求められたのはブータンの近代化を担う知識や技術の獲得であり、1920年代に入ると、中等教育を修了し大学入学資格試験を受験する者が現れはじめた。同試験の合格者はデヘラードゥーンの森林学校、シブプールのベンガル工科カレッジ、カルカッタのベンガル獣医カレッジ、キャンベル医学学校、バーガルプルの教員養成校といったインド北部・東部に位置する高等教育機関へ進学し学業を続け、ブータンへと帰国した。また、インドの全面的支援を受けて開始された第1次5ヵ年計画のもと、1960年代からはカリンポンのドクター・グラハムズ・ホーム(Dr. Graham’s Homes)等への留学が盛んになった。

アジ・ケサンのイギリス留学はそれらとは一線を画し、花嫁(=次期国王妃)修業としての性格が強いものであったようである。研究の結果、①アジ・ケサンの留学は、シッキム政務官バーシル・グールド(在任1913~1914年、1935~1945年)の推薦によるものであったこと、②留学先は、ロンドンのケンジントンに位置するブラムハム・ガーデンに面したハウス・オブ・シティズンシップ(The House of Citizenship)というフィニッシング・スクール(主に良家の未婚女性に、社交界で必要な文化的教養、マナー、プロトコル、料理、家事等を教える学校)であったこと、③ドルジ家は、ブータンが今後大きく変化し外に開かれていくことを予感して彼女を留学させたようであること、④兄であるジグメ・パルデン・ドルジ(後の初代首相)が彼女のパスポート取得のために奔走したこと、⑤イギリス到着は1948年9月20日(月)(おそらく英国海外航空の飛行艇「サンドリンガム号」にて)で、留学期間は約1年であったこと、⑥留学中にヨーロッパ各地を歴訪したこと等が明らかになった。

本発表では、当時のブータン(及びインド)/ドルジ家を取り巻く社会状況を整理しながらこれらの事実を確認し、アジ・ケサンのイギリス留学がその後のブータンの開発、海外への発信、各国との交流等に与えた影響を考察する。

【発表要旨⑥】「多言語国家ブータン王国における学校教育と言語」佐藤 美奈子(京都大学大学院)

内容
谷ごとに言葉が違うといわれるほどに多様な民族語を擁する多言語国家ブータン王国にあって母語話者27%(Driem, 1994: p.4)の一地域の口語に過ぎなかったゾンカ語が国語に制定され、それまで主に僧侶を対象としてきた教育と文字が一般人に開放されたことで、ブータンの言語状況は大きく変わり始める。国家の言語計画、学校教育は、家庭言語の選択、個人の言語認識に影響を与え、さらにそれが個人の言語選択やCS、借用語の使用として具現化される。一方、多言語話者個人の言語スタイルは、やがてモノリンガルも含めた言語共同体全体の言語スタイルとなり、国家の言語方針を国民基盤から左右する動因となることもある。本研究は、急速に変わりつつあるブータンの言語状況を、社会、教育、言語を総合的なシステムとして捉える視点から考察し、その出発点として学校教育と言語に焦点に当てる。具体的には、それまで鎖国状態にあったブータンが1971年の国連加盟を機に近代化へ向けて躍進するなかで国家アイデンティティの柱とすべく国語に制定されたゾンカ語と、学校教育における教授言語として選択された英語に対するブータンの一般の人びとの認識に焦点を当てる。ブータンの人びとは、変わりつつある言語状況をどのように受け止め、何を期待しているのか、フィールドワークを基盤に詳細なデータとその分析から解明を試みる。

方法
2017年3月~4月に西部、中央部、東部の全種類の教育機関(特殊教育を除く)を対象に質問紙調査と訪問インタビューをおこなった(現役教師と学生、総勢612人)。さらに政府、マスコミ、観光関係者に対するインタビュー、家庭訪問調査を実施し、総勢1,556人から教授言語としての英語、国語であり全国的な公用語であるゾンカ語、家庭語とされる民族語の継承意識と学校教育での取り上げに対する見解を聴取した。さらに調査の一環として中央部の尼僧院で尼僧らと生活を共にすることで、ブータンのもうひとつの教育の形である僧院教育の実態の解明と寺院を訪れる地元の人たちの見解の聴取も試みた。

調査結果と考察
母語教育とその権利の擁護が世界的潮流となるなかで本研究の調査からは、教授言語として英語こそが母語の相違に関わらず平等に新たな社会的機会へと扉を開くツールとして支持されていることが明らかになり、強いヘゲモニー論理の機能が窺えた。その一方で共通語としては、国語であるゾンカ語のさらなる普及を期待する声が強い。ヒマラヤ山脈に分断されたブータンの少数民族語は、言語的に共通性が乏しく疎通性が低い。統一言語の存在、しかもブータン生粋の言語で全国民が通じ合えることに対する期待は大きい。国語として象徴的価値を託されたゾンカ語は、名実共に「ブータン人」としての誇りとアイデンティティの支柱となりつつある。ブータンでは現在、仏教言語であるチュケと、国語であるゾンカ語、教授言語である英語、そして多くのブータン人の母語である民族語が機能的に棲み分け、有用性、象徴性、威信性といった言語の価値を分割することで共存を図っている。一方、教育の拡大とゾンカ語の全国化は、人びとの言語意識を喚起し、これまで非言語文化中心であったブータンの文化意識を変えつつある。「伝統文化の尊重と継承」を「ドクサ」(Ueda, 2003)とするブータンにあって、これまでは民族衣装など非言語文化がブータン文化の表象を担ってきた。しかし、ゾンカ語が国語化され、言語そのものへの関心が高まるなか、ブータン文化の表象としての役割が新たにゾンカ語に託されつつある。教育システムという「成功の階段」(Ueda, 2003)を上るツールが英語なら、その頂点で社会的地位を支えるのがゾンカ語であり、両者は、ブータンの威信性を支える車の両輪である。一方、英語とゾンカ語の有用性、威信性の向上に対し、ますますその価値を見出し難くなっている民族語について、本稿では、複言語・複文化主義のブータン社会への文脈化を提案する。言語の「能力の教育」に加えて「価値の教育」へと視点を広げることで、多言語社会であることそれ自体の価値が見えてくる。言語意識教育を初等教育や教員養成課程に取り入れ、言語への気づきを促していくことは、ブータンの重要な文化的資産として民族語を位置づける有効な方策となると期待する。

【参考文献】

  • Ueda, Akiko (2003). Culture and Modernization From the Perspectives of Young People in Bhutan, Thimphu.

当日の様子