日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

第4回日本ブータン研究会

2014年5月11日(日)、早稲田大学にて、第4回日本ブータン研究会を開催いたしました。

概要

1. 日時

2014年5月11日(日) 10:00~16:30

2. 場所

早稲田大学 14号館101教室
〒169-8050 東京都新宿区西早稲田1-6-1

3. プログラム

10:00~10:30  開催趣旨/参加者自己紹介
10:30~12:00  発表①
         「マンデビ語・ブムタン語及びブロカット語における音韻体系の年代差」
         西田 文信(岩手大学人文社会科学部准教授)

12:00~13:00  昼食/休憩
13:00~14:30  発表②
         「ブータン人の日本語会話能力とは?―会話試験の実践報告をもとに―」
         福島 宏美(大阪大学大学院言語文化研究科修士課程)

14:30~14:45  休憩
14:45~16:15  発表③
         「『Within the Realm of Happiness』(キンレ・ドルジ著)の意義を読み解く」
         真崎 克彦(甲南大学マネジメント創造学部教授)

16:15~16:30  講評等

4. 研究会参加者

30名

5. 懇親会

インド料理「Dharma(ダルマ)」
〒162-0041 東京都新宿区早稲田鶴巻町519-30-10

2014年5月11日(日) 17:15~
参加者 25名

6. 主催

日本ブータン研究所

発表要旨

【発表要旨①】「マンデビ語・ブムタン語及びブロカット語における音韻体系の年代差」西田 文信

発表者の専門領域はチベット・ビルマ系言語の記述・歴史言語学であり、近年はマンデビ語及びブムタン系統諸語の記述言語学的研究を中心に、ブータン王国で話されているチベット系諸言語の地域言語学的研究を行っている。フィールドワークを手法とする記述言語学・言語類型論・歴史言語学(比較言語学・言語接触論)からこれらの諸言語にアプローチしている。ブータン王国には、未だ研究が十分に進んでいない民族言語が多数存在する。ブータン諸語の大部分はシナ=チベット語族チベット=ビルマ語派に属する。ブータン王国中部で話されている所謂ブムタン・グループの諸言語や東部で話されている諸言語はそれぞれ音韻上及び形態上の共通特徴を有しているが、それらがチベット=ビルマ語派の古い様相を残すものではないかとの見方もあり、言語学的に非常に興味深いものである。

本発表では、マンデビ語・ブムタン語及びブロカット語における音韻体系の年代差について報告する。

マンデビ語(Mangdebikha、ゾンカ語:མང་སྡེ་པའི་ཁ།、Mangdep、Mangde- kha、’Nyenkha、’Ngenkha、Henkhaとも称される)は、ブータン王国中部のトンサ県(Trongsa)及びワンディポジャン県(Wangdi Phodrang)のブラックマウンテンの東山麓地域、特にマンデチュー(Mang-sde-chu)の流域に分布する所謂Bhumthang groupの言語である。古くは14世紀に活躍した思想家ロンチェン・ラプジャム(Kun-mkhyen-long-chen-rab-hbyams) もこの言語について言及している。

ブムタン語(Bumthangkha、ゾンカ語:བུམ་ཐང་ཁ།、Bhumtam、Bumtang、Bumtanp、Bumthapkha、Kebumtampとも称される)は、ブムタン県を中心に分布する言語で、チョコル(Chokhor)、 チュメ(Chhume)、タン(Tang)及びウラ(Ura)の諸地域で話されている。

ブロカット語(the Brokkat language、ゾンカ語:བྲོཀ་ཁ་)は、ブムタン県チョコル渓谷のドゥル村で行われている遊牧民の言語である。ブータン諸語に関する最初の網羅的報告であるvan Driem (1991)以来、本言語はブロカット語と称されてきた。これは母語話者による自称であるとされるが、発表者の調査で、ドゥル村の遊牧民(ブロックパ)はこの言語をBrok.pa.gi.kha ‘བྲོཀ་པ་གྱི་ཁ་’乃至はB’umtha-D’ûr-g’i Bjo-bi-kha ‘བུམ་ཐང་དུར་གྱི་འབྱོག་པའི་ཁ་’とも呼ばれていることが確認された。

本発表で考察するのは、これら言語の音韻体系の世代差である。発表者は、マンデビ語及びブムタン語に関しては2005年より断続的に、ブロカット語については2013年2月・3月・12月及び2014年1月にそれぞれ語彙及び文法調査を行って来ている。本発表ではこれらの調査報告として音声・音韻の記述・分析結果を提示する。本研究は、同一地点の老年層・中年層・若年層の差異を記述し、観察された音韻変化を考察することを目的としているが、これは音韻変化の方向性に関する法則性の解明にとって非常に重要な作業である。

マンデビ語及びブムタン語については、音韻体系にかなりの世代差が存在することが認められた。ブロカット語に関しては殆ど音韻の世代差が見出されなかった。本発表ではこれらの要因について考察する。

【発表要旨②】「ブータン人の日本語会話能力とは?―会話試験の実践報告をもとに―」福島 宏美

2011年10月、第5代国王夫妻来日やGNHに対する関心とともに、日本語ガイドに対する関心や需要もブータン国内において高まっている近年、日本語ガイドにまつわる問題も以前と比べて注目されやすくなっていると言える。主に以下のような点が挙げられよう。

1. 日本語ガイド市場が小規模であるため、競争が生まれにくい
2. 他のガイドの日本語レベルをお互いに把握する術がない
3. 現地の旅行会社がツアーをアレンジする際に、希望に見合うレベルのガイドをアレンジできない

ほぼ飽和状態である英語ガイドに対し日本語ガイドは絶対数が少ないため、知識も経験も豊かなベテランのガイドがいたとしても若いガイドが活躍できる余地は十分にあると言えるものの、その規模の小ささにより競争も生まれにくい(=1)。また、基本的に一つの団体に付くガイドは一人であり、観光客に対してでなければ日本語も使用しないため、ガイド同士がお互いの日本語能力を把握する機会がほぼない(=2)。さらに客観的に日本語能力を示す方法が無いため、需要と供給を一致させることも難しい(=3)。先述のような事例の発生を防ぐためにも、主に日本の能力の不透明さが根幹となったこのような問題を解決する必要があると言える。

これらは、彼らの日本語能力が客観的に証明できるものではないことが原因で発生すると考えられる。そこでこの現状を改善すべく2012年1月に立ち上げ・実施されたのが「ブータン日本語ガイド会話能力試験」である。この試験の目的は以下である。

A) 日本語ガイドとして稼働する者の日本語会話能力を客観的に測り、可視化する(対内部)
B) レベルを外部向けに開示し、可視化する(対外部)

また、この目的に沿った試験を運用することで、以下の3点のような展望が期待できると言える。

① 旅行会社(ブータン現地・日本)が利用できる
② 観光客(消費者)が利用できる
③ ガイドのモチベーションや全体的なレベルの向上につながる

ガイドの日本語レベル関して、今までガイドの「自称」に頼るしかなかった現地の旅行社は、客観的である本試験の結果を閲覧することで適切にガイドを選ぶことができ、また日本の旅行社も現地に赴かずしてそれが可能になる(=①)。観光客自身も、個人的な旅行で簡単な意思疎通ができれば良いレベルなのか、あるいはテレビ番組の取材等で高い日本語能力がなければ困るのか、というように自らの希望に見合ったレベルを旅行社に伝えることができる(=②)。さらにガイド達自身も閲覧可能であるため、お互いのレベルを把握することによって競争が生まれることが期待される(=③)。

本発表では、試験設立の経緯や拠り所となっている指標、またブータンにおける試験という点を踏まえた独自性、更に今後目指すべき展開や方向性について取り扱う。

【発表要旨③】「『Within the Realm of Happiness』(キンレ・ドルジ著)の意義を読み解く」真崎 克彦

ヒマラヤ山脈の尾根と渓谷が織り成す雄大な景観、豊かで美しい文化遺産と自然環境の守られてきた「桃源郷」ブータン。昨今の同国ブームを反映して、日本語書籍が次々と出版されるようになった。その多くは、「幸福大国」より「どうすれば幸福になれるのか」のヒントを学ぼうという趣旨で著されている。

こうした中、やや違ったスタンスを採るのが、『Within the Realm of Happiness』(2008年刊、日本語版2014年刊行予定)である。ブータンの人たちは「桃源郷」で幸福感に充たされ切っているわけではなく、日々生きることの苦悩や不条理さを感じながら過ごす。したがって、「どうすれば幸福になれるのか」のヒントを直截的に得ようとするよりは、不条理で苦悩の絶えない世のあり様をまずは受け止めよう。その上で、それでも「どうすれば幸福になれるのか」という掘り下げた問いに向き合おう。こうしたスタンスより書者、キンレ・ドルジ氏(現 情報通信省次官)の幼少時代の思い出、海外見聞録、ブータン国内のさまざまなエピソードや動向が、本書に収められている。

経済成長路線にまみれた日本に生きるわれわれが、ブータンの国是、国民総幸福(GNH)より学ぶことのできる点は多々あろう。他人や自然への顧慮が大事にされてこそ、社会全体が「豊か」で「幸せ」になるという意識の広まりが求められているからである。日本では大企業の利潤拡大の機会が狭まっているにもかかわらず、かつての高度成長(「強い日本」)を再現すべく、経済グローバル化や構造改革が無理押しされてきた。そのため政界や財界は、個人の自助努力や生存競争を煽ることに躍起である。

同時に、ブータンでも日本同様、個々人による自己実現と社会・自然の調和のバランスをどう図っていくかが課題であり続けてきた。『Within the Realm of Happiness』の随所に、その様子がありありと描かれている。

日本でも他方、経済格差や地域疲弊の潜行に抗して、人間の生存基盤である社会・自然環境を守ろうとする動きが全国津々浦々で広がってきている。こうした動向の認知度を日本においてさらに高め、世直しの機運を各地で高めていくことこそが、今後日本社会を立て直していく上で鍵になろう。そのようにして内在的に日本社会を変えていくことが、何より求められるのではないだろうか。

日本とブータンを別扱いするよりは、ブータンの現況に対する理解や共感を深め、ブータンの人たちと心を通わせよう。ひいては、同じ課題に取り組む者どうし、その解決に向けて学び合えることはないのかを考えよう。そうした観点より『Within the Realm of Happiness』をお読みいただければ幸いである。

当日の様子

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