日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

第2回日本ブータン研究会

2012年5月13日(日)、JICA地球ひろばにて、第2回日本ブータン研究会を開催いたしました。

概要

1. 日時

2011年5月13日(日) 10:00~18:15

2. 場所

JICA地球ひろば セミナールーム301室
〒150-0012 東京都渋谷区広尾4-2-24

3. プログラム

10:00~10:30  開催趣旨/参加者自己紹介
10:30~12:00  発表①
         「ブータンにおける教員養成と学校教育の現状と課題」
         都甲 由紀子(大分大学教育福祉科学部講師)
         川田 菜穂子(大分大学教育福祉科学部講師)

12:00~13:00  昼食/休憩
13:00~14:30  発表②
         「ブータン諸語の記述・歴史言語学的研究の現状」
         西田 文信(秋田大学国際交流センター准教授)

14:30~14:45  休憩
14:45~16:15  発表③
         「ブータン国家環境保護法の特徴について」
         諸橋 邦彦(国立国会図書館調査及び立法考査局農林環境課調査員)

16:15~16:30  休憩
16:30~18:00  発表④
         「ブータンの漆工技法と漆器産地の現状」
         北川 美穂(古典塗装技法材料研究家/東北芸術工科大学非常勤講師)

18:00~18:15  講評等

当日は森 靖之様(元JICAブータン事務所長/日本ブータン友好協会副会長)にご出席いただき、コメント及びご講評をいただきました。

4. 研究会参加者

51名

5. 懇親会

JICA地球ひろば内「カフェ・フロンティア」
〒150-0012 東京都渋谷区広尾4-2-24

2012年5月13日(日) 18:30~
参加者 26名

6. 主催

日本ブータン研究会実行委員会

7. 協力

GNH研究所 http://www.gnh-study.com/
日本ブータン友好協会 http://www.japan-bhutan.org/

発表要旨

【発表要旨①】「ブータンにおける教員養成と学校教育の現状と課題」都甲 由紀子/川田 菜穂子

1.発表の目的
本発表は、平成24年3月24日~4月3日の現地調査をもとにブータンにおける教員養成と学校教育の現状について報告すること目的としている。

大分大学教育福祉科学部では「国立教員養成系学部における新たなる教員養成・研修の構築」プロジェクトにおいて、大分県内現職小中学校教員に対する質問紙調査を行うとともに海外における教員養成や学校教育に関わる現地調査を行い、教員養成と研修の実態と課題を明らかにし、今後の教員養成や研修プログラムの提案をすることを目指して研究を行っている。海外調査は、アメリカ、スウェーデン、ブータンにおける調査を予定している。本発表はブータンでの調査結果について報告する。

2.発表の概要
調査は下記の教育機関の視察を中心に行う予定である。パロの教育大学、ティンプーの公立・私立の各種学校、僧侶たちの教育施設や伝統工芸学校、シェムガン県のタマ村の私立PNWA高等学校、タマ村郊外の共同体ベースの分校、教育を受けていない大人のためのノンフォーマル教育の様子、シムトカから移転したトンサの言語文化学院などの視察を行う計画である。教育大学の教員や私立PNWA高等学校の教員などと面談し、インタビュー調査をする。(訪問施設などは暫定のものであり、変更もありうる。)

教員養成と研修に関しては、教員免許制度の仕組みや教員になる前に身につけるべき資質能力をどのようにとらえた教員養成が行われているかということや教育実習の実施方法など、教員研修に関しては、その仕組みや大学での取り組みと学校現場への協力体制について調査する。養成された教員が学校現場でどのように活躍しているか、学校現場が抱えている教育問題や課題は何かについても各種学校において調査する計画である。

発表者は家庭科の教員養成に携わっているため、ブータンでは家庭科という教科はないと聞いているが家庭科で学ぶことをブータンの子どもたちはどのように身につけているのか、家庭科を導入する予定はないか、ブータンの学校では「価値教育」という必修教科があるとのことであるのでこの教科と道徳や家庭科との関連についても調べたいと考えている。

以上の調査より、ブータンにおける教育や教員養成の現状と目標を明らかにし、日本のそれらと比較して共通点や相違点を見いだすことで、両国における今後の課題を明らかにして考察する。

【発表要旨②】「ブータン諸語の記述・歴史言語学的研究の現状」西田 文信

発表者の専門領域はチベット・ビルマ系言語の記述・歴史言語学であり、近年はマンデビ語の記述言語学的研究を中心に、ブータン王国で話されているチベット系諸言語の地域言語学的研究を行っている。フィールドワークを手法とする記述言語学・言語類型論・歴史言語学(比較言語学・言語接触論)からこれらの諸言語にアプローチしている。

シナ=チベット語族の最古層を反映していると考えられ、民族移動の観点からしてもブータンの諸言語の学術的価値は極めて高いにもかかわらず、纏まった記録や記述のある言語はむしろ例外である。十分な情報を欠いた言語の殆どがいま急速に消滅にむかっており、生きた言語を有効に研究できる残余期間はごく限られている。遅きに失することなく、調査と研究を進める必要がある。

そこで発表者は、ブータンの諸言語の中でもその重要性にもかかわらずこれまで記述が全くなされてないマンデビ語について、音韻・語彙・文法の各レベルについてフィールドワークを行い正確な記述を行うことを目的として研究をゾンカ語開発委員会(Dzongkha Development Commission)と共同で従事してきており、網羅的な文法書・民話集・語彙集を準備中である。また、ブータンの公用語たるゾンカ語との言語接触等ブータンの社会と文化的背景との関連において記述し、言語動態論的視座に立脚した語彙分析の研究も行って来ている。

マンデビ語(Mangdebikha、Mangdep、Mangdekha、’Nyenkha、’Ngenkha、Henkhaとも称される)はブータン王国中部のトンサ県(Trongsa)及びワンディポジャン県(Wangdi Phodrang)のブラックマウンテンの東山麓地域、特にマンデチュー(Mang-sde-chu)の流域に分布する所謂Bhumthang groupの言語である。古くは14世紀に活躍した思想家ロンチェン・ラプジャム(Kun-mkhyen-long-chen-rab-hbyams)もこの言語について言及している。系統分類は未だ不明であるが、EthnologueではSino-Tibetan、Tibeto-Burman、Himalayish、Tibeto-Kanauri、Tibetic、Tibetan、Easternとしている。

本発表では、ブータン諸語の概説、マンデビ語の概略(分布・話者人口・言語使用状況)、マンデビ語の特徴(音韻論・形態論・統語論)、興味深い現象(数詞・身体部位を用いた単位)、歴史言語学的特徴(音韻対応・音韻変化・周辺諸言語との関係・動詞語幹・述語形式(助動詞)・助詞)、言語学のフィールドワーク、について解説する。

【発表要旨③】「ブータン国家環境保護法の特徴について」諸橋 邦彦

ブータンはヒマラヤ地域に位置する小国としてインド・中国といった急激な発展が続いている両大国に南北を挟まれていること、さらに近年の氷河の劣化などから、地球温暖化防止のための対策に係る関心は高い。また、近年はブータンでも廃棄物、特に日常の生活から排出される一般的な廃棄物に係る投棄や処理が大きな問題となっている。この他、鉱山開発に伴う大気汚染や水質汚染、森林火災なども含めた環境問題への対応は、政府・国民・企業等にとってきわめて重要な課題となってきている。さらに、インドに売電(送電)するための大規模水力発電建設をブータンは国策として推進しているが、これらについても、近年は国内環境への影響に係る考慮が無視できないものとなっている。

本発表は、以上のような地球温暖化や近代化推進に伴い発生する各種環境問題への対応につき重要となる、ブータンの憲法を含む環境関連法制について概観する。特に、ブータン国内の環境対策の基本法であり、環境問題を担当・管轄する国家環境委員会の設置について定める「国家環境保護法」を主に取り上げる。

ブータンにおいて、環境関連法制の整備が急速に進んだのは2000年代に入ってからである。それ以前は森林法などが環境法としてあげ得る程度であった。しかし2000年には「環境アセスメント法」が制定され、2005年に初めて公開された憲法草案では、国内の森林被覆率を60%以上保つ等の内容を含む環境条項(第5条)が示された(憲法は2008年に制定・施行されている)。そして2007年には、「国家環境保護法」が制定された。この法律は、ブータンにおける環境対策の基本法と言うべき位置付けが与えられており、また、国内の環境問題を担当・管轄する機関である国家環境委員会の根拠法ともなった。さらに、同法のゾンカ語テキストにおける用語の使用方法からは、ブータン独自の文化や慣習、政策的意図を見出すことも可能である。

「国家環境保護法」に基づいて設置された国家環境委員会は、「ハイレベルな自立的機関」としてブータン国内の環境政策を担当する機関である。同委員会で注目すべき特徴としては、国家環境委員会の委員長は総理大臣本人かその指名する大臣と定められており、総理大臣のリーダーシップが大きく影響する点があげられる。すなわち、他の大臣(省)との間で発生し得る縦割り的な弊害を軽減しようとする意図がそこにあると言えよう。また、憲法上での環境条項の特別な位置付けも、組織の位置付け等に一定の影響が及んでいる可能性もある。

【発表要旨④】「ブータンの漆工技法と漆器産地の現状」北川 美穂

ブータンはアジアの漆器産地の最西端に位置する国である。現在、国内での最大産地は東北部のタシヤンツェ地区であるが、漆樹は国内の各地に自生しており、過去には各地で職人が製作を行っていた。筆者らは近代化が急速に進んでいる中の2011年8月に西部パロからタシヤンツェまで東西を縦断し、ブータン漆工の現状調査を行った。

アジアにのみ生える漆の木は大きく分けて①日本・中国系のToxcodendron vernicifluum、②タイ・ミャンマー系のGluta usitata、③ベトナム・カンボジア系のRhus succedaneaの3種があり、ブータンの漆樹は③のベトナム系と位置づけられてきたが、現地調査により、ブータン国内には2種以上の漆樹がある可能性が高いことが判明した。また、採取した漆液の成分分析の結果、ブータン漆はベトナム漆とも成分が異なるということが判明した。

ブータンでの漆液の採取方法は、他国が幹からの採取のみ行うのと異なり、未成熟の実や、葉柄からの採取も行い、職人はそれぞれを用途と工程に応じて使い分けるという独特の方法をとっている。また、過去に行われていた幹や枝から採取する方法は、日本の縄文時代の漆採取方法に酷似している。

ブータン漆工はチベットから伝承したと言われている。木地師が木工轆轤を使用して製作した木地に、塗師は手を用いて漆を擦り込む。少量しか採取できない漆を極力無駄にしない知恵であるが、人によりかぶれは起きる。ブータン人は伝統的に器の木目を尊重し、木地が黒っぽくなりすぎることを好まない。そのため漆にバターを混ぜ、木地に吸い込まれる漆の量を減らして木地の色を明るく仕上げ、艶を出すという、これも他国では行われない手法も用いている。木は、ヤドリギなどが寄生して変形した瘤の部分の杢が貴重とされ、特に杯は大きさや職人の技術でなく、木目の模様により価格が大きく異なり、時には価格差は数千倍になる。漆器に適した木も東部からどんどん減少しており、既にティンプー付近からも材を仕入れている。

残念ながらブータン人は漆でなく杢に価値を見いだす伝統から、近年は漆よりも透明度が高く、かぶれず、扱いやすい合成樹脂塗料が急速に普及し、既にタシヤンツェ以外の地区では漆が使われていない。2011年の調査では、過去に漆器産地とされていたパロのウチュ、中西部のロベサには木地師が各1名残るのみで、どちらも合成塗料や油を使用していた。

民俗服の胸元に自分の杯を入れて持ち歩いていた習慣もほとんど消えつつあり、めったに洗わない漆器を不潔だと敬遠する若い世代も育っている。2011年の調査時点では、タシヤンツェの木地師と塗師は、それぞれ食べるのに困らないだけの受注があり、職人同士の競争もなく平和に共存しているとのことであったが、今後、プラスチックやメラミン食器が台頭し、合成樹脂塗料がさらに輸入されるようになれば、伝統技法の存続も危惧される。今後、早急な技術記録と、伝統文化が継続するための何らかの対策を講じる必要がある。

当日の様子

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