日本におけるブータン研究の基盤形成を目指して
Japan Institute for Bhutan Studies: JIBS

映画『お坊さまと鉄砲』

平山 雄大
(お茶の水女子大学グローバル協力センター講師)

2024年12月13日(金)、「“初めての選挙”で揺れる山の村。銃を巡って巻き起こる大騒動!」、「大ヒット作『ブータン 山の教室』に続く、パオ・チョニン・ドルジ監督待望の第2作!」、「世界各国の映画祭で愛されて遂に日本公開!」と宣伝され、公開前から注目を集めていたブータン映画『お坊さまと鉄砲』(原題:The Monk and the Gun)(2023年)の日本での上映がはじまりました。あらすじはこちら。

2006年、国民に愛された国王の退位により、民主化への転換を図ることになったブータンで、選挙の実施を目指して模擬選挙が行われることになる。周囲を山に囲まれたウラの村で、この報を聞いた高僧は、なぜか若い僧に銃を手に入れるよう指示する。時を同じくしてアメリカから“幻の銃”を探しにアンティークの銃コレクターがやって来て、村全体を巻き込んで思いがけない騒動が持ち上がる……。

以下、ネタバレしない程度に映画の紹介をさせていただき、加えて若干の感想を述べさせていただきます。

あらすじにある通り、1907年の王国建国から100年続いた王制を廃し立憲君主制に移行するタイミング、つまり民主化前夜のブータン(特に中部のブムタン県ウラ)が映画の舞台になっています。皆さまご存じの通り、ブータンの民主化は第4代国王(在位1972~2006年)からの発案というかたちで行われました。第4代国王は2005年12月に東部のタシヤンツェ県で行われたナショナルデーの演説の中で2008年に選挙を実施することを宣言され、同時に自身の退位も表明されましたが、そのときの国民の驚き・悲しみは相当のものであったと聞いています。当時、国民の多くは信頼する偉大な国王のもとで王制が続くことを望んだようですが、第4代国王はその希望を跳ね除け、改革を断行されました。

ちなみに、この映画は前作『ブータン 山の教室』と同様に基本的にはフィクションですが、「赤色党、青色党、黄色党に投票するという模擬選挙を行った結果、国王を象徴する色である黄色に人気が集中し、黄色党が圧倒的な得票数で勝利した」というエピソードに関しては実話です。

映画には、村の人々がテレビ画面にくぎづけになっている場面が何度も登場します。ブータンでは第4代国王の戴冠25周年を記念して1999年6月にテレビ放送が始まりましたが、模擬選挙にテレビが活用されている場面やひがみ・やっかみの感情をともなったテレビ購入にまつわるエピソードも出てきて、民主化と同時並行で情報化が進展していく様子、テレビによって変わる村の生活の様子が象徴的に(やや批判的に)描かれています。

余談ですが、映画冒頭に出てくるテレビの画面には、パオ・チョニン・ドルジ監督の師匠であり、『ザ・カップ 夢のアンテナ』(原題:The Cup)(1999年)、『ヘマヘマ 待っている時に歌を』(原題:Hema Hema: Sing Me a Song While I Wait)(2017年)等の監督を務められたことでも有名な高僧ゾンサル・ジャムヤン・ケンツェ・リンポチェがほんの少しだけ映っています。これは制作陣の遊び心でしょうか。

ブータンと言えば「幸福」、「GNH」……ですが、「幸せとは何なのか」という問いはこの映画全体を貫く重要なトピックになっています。選挙管理委員のツェリンは選挙が終われば幸せになると言うけれども、模擬選挙を通して諍いが生まれ、もともとあった幸せが害されていると訴えるツォモお母さん。アメリカ人銃コレクターの提示する購入希望額が高すぎるので、金額をもっと下げてくれと言うアンティーク銃所有者のペンジョルおじちゃん。映画の最後で、「自分よりもあなたのほうが必要でしょうから」と、もらった消しゴムを選挙管理委員に返す女の子ユペル。近代的で教育水準の高い国へと変化し移行するにつれ、失われ捨て去られつつある「無垢」の価値こそがこの映画のテーマだと監督はおっしゃっていますが、「無垢」な登場人物の皆さんの言動から、社会の在りかたや身近な人々との関わりかた、執着との向き合いかた、心の平穏、大切にすべき価値観を考えさせられます。

タイトルに『お坊さま~』とある通り、映画では僧侶が重要な役回りをこなします。「次の満月までに銃を二丁用意せよ」と頼む年配の僧侶(ラマ)役は中央僧院の僧侶としてダガナ県のラム・ネテン(県のお坊さんのトップ)も務められたウラ出身のケルサン・チョジェ、彼に頼まれて銃を探しに行く若い僧侶タシ役はブータンのロックバンドMisty Terraceのリードボーカルのタンディン・ワンチュクです。2人にとってはこの映画が俳優デビュー作品ですが、優れた演技で非常に良い味を出しています。店の中でささっと僧侶に席を譲ったり、僧侶を車で送って徳を積もうとしたり、仏塔の周囲を回りながら議論したり、携帯用のマニ車を回したり、僧侶との関わり・仏教への信仰を示す場面も多く出てきて、思わず「あるある!」と頷いてしまいます。僧侶への絶対的な信頼もまた、この映画の根底に確かにあります。村のおじちゃんがラマに寄進するためにせっせと作っている木製のポー(男根像)が話が進むにつれ徐々にできあがっていくさまや、それが最終的にアメリカ人銃コレクターに手渡される場面も楽しいです。

フィクションだということは十分承知しつつも、「さすがにティンプーとウラ、短期間にそんなに何度も往復はできないでしょ!」(映画では片道「車で5時間」と紹介されています)、「アメリカ人銃コレクターのブータン入国シーン、それパロ空港のトイレの出入口じゃない!?」(これは、当時の空港を描き出そうとした制作陣の努力の結果だと思います)等、私は下世話な指摘もしてしまいそうになりましたが、全体を通して細部まで作りこまれていて、確かにそういうこともありそうだ、という話が展開されます。もちろんブータンのことを知らなくても楽しめますが、ブータンのことを知っているからこそ楽しめる「あるある」ポイントもたくさんある気がします。例えば、都会からやって来た若い選挙管理委員はハーフキラだけれども村の女性はそろってフルキラだなあ~、ウラが舞台なのでおばちゃんたちはパンデン(エプロン)もしているなあ~、当時の携帯電話って確かにこんなだったなあ~、正確な生年月日が分からないこと多いよね~、年季の入ったスズキのマルチ(車)調子悪いよね~、ガスシリンダーを肩に担いで運ぶの大変そう~、(ブータン人同士の会話なのに)警察への言い訳が途中から英語だけになっちゃっているなあ~等々。

多くの人にお薦めできる良い映画だと思います。

※宣伝文及びあらすじの出所は『お坊さまと鉄砲』公式ウェブサイト
https://www.maxam.jp/obousama/
※写真の出所は『お坊さまと鉄砲』公式X
https://x.com/obousama_movie

※ヤクランド『ヤクランド通信』第125号、4-6頁より転載。